上映会も近づいてきた七夕、私はある日本庭園の納涼茶会の席で催された箏の演奏を撮っていた。いつになく涼しい七夕だった。昨夜までの豪雨で、空気が透きとおって、箏がやや湿り気を帯び、美しいいにしえの音が聴こえてくるようだった。
この春に私は、松平頼則の最晩年の音楽を集中的に聴く機会を得たが、これが不思議と、晩年のジョン・ケージのナンバーシリーズみたいに、遠くまで音が見えた。
ノートルダムの塔の先も、エッフェル塔も鮮やかに。
松平の音楽を聴いていると、日本の音色(箏)を活用しつつもユーラシア大陸を越えていき、逆にケージの音は、日本庭園に着地するとまでは言わないが、ドローンのように引き延ばされた音に、フェルトかなにかを挟んだ「鳴らない音」が絶えず鳴らないままに鳴っていて(ずっと脳に繰り返し響いている)、日常聴き逃している音に、知らず知らずに包まれるのである。
七夕の茶会では、沢井忠夫の「火垂Ⅱ」も演奏され、映画『火垂』の主演女優にすぐにメールを送ったりもしたのだが、今年運よく螢を見ながらお酒を呑んだ友との宴会を振り返りながら、茶会も「螢の観察」もナンバーシリーズも、タイトルがないのはいいなあ、タイトルを思い出さないのも幸せだなあと思ってしまう。所詮は人間がつけたものである名前やタイトルなんて、幸福とはあまり関係がない。
スペインの映画監督ホセ・ルイス・ゲリンは小津安二郎の映画タイトルを「原題」でパラパラ言える。尾道を歩いていても、小津ゆかりの地を見きわめながら、カメラを廻す。まるで『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公のように過去に生きるゲリンは、あの映画で最も美しいラストシーンのように、うぶで可愛らしく、でも自分の欲望に素直なガブリエラちゃんと尾道では出会うことなく帰っていった。彼は過去に囚われている。
私の好きな映画に『7/25【nana-ni-go】』という自主映画があって、最後のさざなみと探偵くんの照れるシーンは、ウッディのラストにも響いて、ドキュメンタリーもフィクションも関係なく、生々しい。シネマトグラフとはこういうものだと感心してしまう。
ポツダム宣言前夜にあたる7月25日との関係は定かではないが、あのとき日本がポツダム宣言を受諾していたら、ヒロシマにもナガサキにも原爆は落ちなかったし、フクシマ原発の事故からアメリカとの核兵器開発の合意、大飯原発3号機フル稼動に至る今日のような、日本の戦後はなかった、とは必ずしも言えない。
小津が日中戦線を行軍し、「戦争には勝たなければいけない」と手紙に書き、何人もの中国人を殺めたとき、小津の戦争努力は「勝つ」ことだった。
戦後の小津の映画は、家族の肖像を繰り返し描く。小津安二郎とフランシス・コッポラ、この二人が敗戦国のエコーを聞くように、家族の崩壊を描いてきたのは偶然だろうか。
小津の映画はカメラがほとんど動かないけれども、それは、感情が大きく動いているからカメラは動かないのだとコッポラは感じたかどうか。
地球が自転しているように一見固定しているように見えている家族には、実は動きというものが既にあると見るのかどうか、小津亡き後に映画を撮りはじめたコッポラの『ゴッドファーザー』シリーズを見れば一目瞭然だ。
自然の中に既にある動きを、いちばん自然なかたちでつかまえるには固定カメラしかないだろうと、小津は考えたかどうか、聞いてみたかった。
大和桜井の文芸評論家の保田與重郎は「自然」と書いて「かむながら」と読んだが「かむながらの道」という思想は、そういう意味では小津の主題でもあったかもしれない。
生活のなかの自然に向き合うという意味においては。
人間は弱くて震えている存在だから、銃口を低く据えて、一撃で射ぬくたびに、小津はローアングルのカメラ位置を思い出しただろうか。
すべての標的は動いているのだから…、銃身は力ずくで動かす必要はない。
標的をパンショットのように追わなければ、相手を殺す必要もない。
チャップリンと小津の映画が、もっとも偉大な感情の「動画」だとしたら、生死の奥から、それを見ていたからだろう。でなければ、『殺人狂時代』のような異様な映画は撮れないはずだ。
小津の戦後映画は、このblogを宛てて書いている馬場さんや今泉さんくらいの年頃のごく普通の女性を描いている。
家族の消滅というか、爆発を、できるだけ遅らせようとしている娘の姿が胸に響くのは、家族が失われていく、皆が去っていく、爆発していく瞬間を、あれもするな、これもするなと、遅らせようとしている「最期の子ども」の姿にあるのかもしれない。
ヒロシマもフクシマも爆発してしまったから尚更にそう感じるのだろうか…。
小津と同時代人の保田の碑を訪ねて、近江神宮に行った。
さざなみの しがの山路の 春にまよひ ひとり眺めし 花ざかりかな
「かむながらの道」を見出そうと滋賀を旅をする二十代の保田の詠まれたうたに、ノマドの心が映るようだ。
宮岡秀行
2012/7/9(尾道)
後日談:1時間前に震度5弱の地震があり、震度1~3の余震が続いているので大急ぎで送ります。余震、こわいです。冷蔵庫の棚がひとつはずれましたが、瓶は割れませんでした。こんな時でも焼酎を買いにくるお客さんがいます。昨日から白ヘビが隣とうちをいったりきたりしているのは予兆だったみたいです。