2012年

8月

24日

最後の手紙

                                           text 宮岡秀行

 

今日はリュック・フェラーリの命日です。

フェラーリはイタリアのアレッツォで「客死」しました。亡くなる直前のフェラーリの手の美しさを、ブリュンヒルト・フェラーリに聞きました。まるでピアニストのように、宙を弾いた……と、七年前のその瞬間を、妻は忘れるわけがありません。
愛する人の死に立ち会うとはどんなものでしょう。私はまだ経験がありませんが、元彼女の死の報せを聞いたとき、彼女の美しい躰を想像しました。
長年連れ添った妻が音楽家の手を語るように、別れた恋人が自殺したとき、思い出すのは肉体的な記憶でした。
火葬場で骨になっても、灰と化しても、肉体が見えるのです。
家族が亡くなると、そうではないかもしれないけれど、愛する人は死んでも肉体が迫ります。
いや、家族ですら、肉体を想像するかもしれない。親が子に先立たれたら、子どもが熱を出したり下痢をしたり、運動会のまえに躁状態になって何時間でも起きていたりした躰の表情を、思い出すんじゃないだろうか。
親は、子の柔らかい躰の動きの中に、見事な表情のある形をいつも発見しますから。
しかし、大人は反復的な社会生活を生きていかなければなりません。まさに小津の映画のような、いろいろな生活の型というものに長い間組み込まれて生きていきます。
雑草のような日常とは嘘です。勉強やデスクワークをするときには机に向かい、用をたすには便器に腰掛け、就職すれば電車か車に乗って通うというように、そういう生活のなかで、躰の感受性というものは規定されます。そして、この反復的な生活のなかの身体の感覚が無意識的にどんどん沈殿していくさまを、「社会」と呼べばいいでしょう。年齢とともに石膏で固められた人間になること、社会人とはそのような型のことです。
子どもと同じように、躁状態になったり、閃きがあったり、あるいは性的に興奮して、それを遊んでみたいと思っても、いざとなると遊びきれないということが起こるのは、私には映画ファンに多いような気がするのです。
眼だけが肥大化して、とっさに無意識に沈殿したものを客観化できず、客観化できたとしても躰がすでにフレキシビリティーを失くしている。

私たちは小さい頃から文部省の監督する画一的な教育を受け、会社に入れば同じ背広、映画祭にいけば同じTシャツを着た人たちが居る社会に属します。
そういう意味では、見た目は社会化されている日本の映画業界も、内実は弱体化しているとは、アップリンクの支配人への手紙に書きました。
アップリンクのように、全体のなかで孤であることはできても、個であることを選択できなくなってきている…。
ムカシであれば、ルールを知った上でそのルールを捨てればよかったのだけれども、今は捨てることすらできにくくなっている。できるのは小さな違いを主張するだけで、それは管理システムから離脱できないことの代償行為をしていると言ってもいいでしょうか。
小津安二郎や溝口健二の時代との違いはここでしょうか。
つまり社会と孤というものがどういう関係にあるのか、そして個性とは何か。

先日亡くなったトニー・スコットの映画は、現代映画でもっとも断片化の激しいモンタージュが特徴的でした。情報交換の加速といえば簡単ですが、コンピューターや携帯電話、電子手帳やモニターがスゴい速度で切り返され、まるで失読症に冒されたように、同一対象に集中する注意力を長時間持続することができないかのような画面が連鎖します。
その素早いモンタージュに、注意力は追いたてられ、もはや、愛や優しさ、自然、歓びや思いやりといったことに気持ちを向けることがないかのような畳み掛けに、逆説的ですが、彼の映画は愛を、まさに「トゥルーロマンス」を追い求めていたように思います。

わたしたちの時間性が、『エネミー・オブ・アメリカ』に描かれたような、超複雑なデジタル機械の狂気じみたスピードについていくことなど、土台無理なことです。
アップリンクのスタッフが、フェラーリ上映会のツイートが百件を超えてスゴい勢いと、うなぎのぼりの動員数と共に報告をくれますが、それに返す彼女たちのリツイートが、超過労働の規範をつくり、映画大本営を局所に点在させ、自分の居場所をも麻痺させるさまは、必ずしも悦ばしいとは言えません。
そこで起こることは、返信に追われた様々な管理不足から生じる、アテンション(注意力)のための時間の喪失、あまりに膨大な情報処理を強いられた、一人の人間の肉体の消耗があるだけです。
チラシが撒かれなかったり、マスターテープの紛失事件は、こういったもはや気が散るとすら言えない、過剰なデジタル労働時間の中で起こりました。

人間の社会においては、先頃行われた首相官邸での市民団体と野田総理たちとの会談のように、原発社会は無くなることはなく、原子爆弾で起きた(そして再び起こるであろう)ような文化的な自己顕示欲が取り消されることなど、まずありえないでしょう。
そことここはデジタル回路を通じて繋がっています。デジタル環境は、肉体的に見たら、人間が自己変革する場なのではなく、あくまで環境の変化に人間が合わせていく、都市的なツールですから、そこにいる人は、代替可能なエージェンシーでしかありません。

アップリンクのデジタル労働を、大抵の映画祭、大抵の企業が行っていたとしたら、そこに「2」のための愛情や会話やセックスの時間は残されているのだろうかと疑ってしまうのです。
極端な場合、薬に依存した精神安定の反面教師として、存在することの否定、消えることへの欲望が、イジメや自殺への意志として併行して育まれることは、明らかなように思われます。
孤心が行きつく先が、虚脱感のデジタル労働空間だとしたら、個人の社会との繋がりは、もしかしたら自殺なのかもしれない…。
三島由紀夫から9・11で散ったあの魂、そして、自殺して行った彼女の肉体やトニー・スコットや大津の中学生を想起するとき、誰よりもそこに、愛と希望を私は感じはじめている、と書けば、不謹慎でしょうか?
日本で恋愛映画が成立しにくいのも、エリック・ロメールの映画に出てくるような個性が、男にも女にも備わっていないからではないでしょうか。
個性とか個人は近代社会が生み出したフィクションとしての言葉です。そして、その最大公約数的なものが、デモや暴動のような反体制的、反社会的な意識の共同性だった筈ですが、いま触れたように、その共同性には孤が個に至るためのプロセスとしての場が、欧米社会に比べて希薄だったと言えると思います。

イスラエルにカフカやカール・クラウスがいないように、同じくアメリカ依存の日本には、自国の社会基盤を根本的に問うような「身体の共同性」は戦後一度も問われていないと言えます。
「そもそも映画には社会を変える力はない。社会に助けて貰ってしか映画は作れない。」とは若き日本の映画人からの手紙の一文ですが、しかしアメリカ映画は、『ダークナイトライジング』のようにゴッサムシティとニューヨークが瓜二つのような社会的現実をつくりだし、それは被災地の気仙沼で撮られた『ギリギリの女たち』のような社会に「助けて貰った」日本映画との無限の距離感のように感じます。
社会的現実とは、マルセル・モースの言葉だった筈ですが、それが在ることで社会が形成されるようなシンボルのような、日本で言えばさしずめ「天皇」のような存在ですが。

そこまでして被災地(映画)を撮りたいのかと思います。映画を撮ったり、見たりするより、私は代替不可能な女性と夕陽を見に行きます。
映画から、ジョン・フォードが描いたような夕陽が見られなくなったのだから、田舎にでも行って、日本酒を飲みながら夕陽を眺め、飲酒運転で彼女をお家に送り届ける、その径すがら、誰の記憶にも残らないような梅の木でもあれば、そこまで歩いていくのがいいのです。
観光や旅行は人間の大罪だけども、「偶然の出会いがいちばん素敵なことなんだ」とは親友の映画監督のメッセージですが、運命とかに実体化しない、めざすべきは、ゆるーい偶然だと考えるというのは楽しいことです。

今日はフェラーリの命日でした。
今朝シリアで、日本人ジャーナリストの女性が撃たれて死にました。

誕生日と命日、人生はこの二日の間をさ迷った軌跡(奇跡)なのだとは、親友の安藤尋からの、もう一つのメッセージです。

シリアで「客死」した山本美香さんは誕生日をシリアで祝ったのでしょうか。
私は同姓同名の女性と知り合いですが、彼女は…まったくの別人で…。

こんなことを書き送ると、若き映画人からこんな返信が届きました。

ありがとうございます!僕の誕生日は丁度今週24日です。
適当にしてもすごい…そうやって女の子、口説いているのでしょうか…苦笑。

(2012/8/22)

 

後日談:

8月22日朝、シリアで亡くなった私と同じ歳の山本美香さんの記事を読んで、赤い目のまま保育園に子どもたちを連れていきました。長年にわたって戦地に赴いた美香さんの身体と感性、やさしさを心より敬い、お悔やみ申し上げます。

昨日は、平日遊べる人に声をかけて、栄村に行ってラフティングをやってきました。8人乗りゴムボートで川を下るのです。波が立っている流れの激しいところもあれば、穏やかなところもあり、川の中にざぶんと入って泳いだり浮いたり、向かい風に負けないように漕ぎすすんだり……。おもしろかったのは、川の中に入っているときは、みんなすごい笑顔なのに、陸にあがったとたん「大人の顔」に戻ることです(笑)。

京都には変化を好まず革新を好む地域性があって、田舎からやってきた私にはそれが新鮮でした。
日本の地方には、それぞれの地域の味が細々と残っていて、地域の行事に加わり、そこに暮らす人と話し、その土地の食べ物を食べることが、日本の社会の根本をつくっているはずだと思っています。田舎に暮らすと子どもができやすかったり、食料を自分で作ることでお金のために働く時間が減ったり。日本に少なくなってしまった当たり前の感覚から文化や革命や社会が生まれてくるんじゃないか……と、子どもたちの獣のような寝相を眺めながら夢想します。


2012年

8月

16日

楽(落)日

                                           text 宮岡秀行

藤井裕子さんへ

「私」が行うイベントでは、時に、このような問題が起きてしまうのです。

 「映画/千夜、一夜」を終えて、首相官邸前のデモに参加しに出かけたら、いきなり神宮外苑の花火大会に出くわし、道路を阻まれてしまいました。

どこもかしこも道路閉鎖で人人人…気がつくと花火がバンとかズドンとか肝にくる。浴衣姿の女の子たちの歓声があがる、一瞬の間合いがいい。

気持ちがいいので、駐車して青山一丁目を散歩しながら、しかし義務感からか、デモに向かうことに。
噂に聞く金曜夜のデモは意外に閑散としていました。花火大会と比べるからでしょうか、内閣府下周辺は多く見積もっても二千人に満たないでしょう。

しかし問題は、数少ないというより、リズムの違い――ズドン、間、ワアッという歓声に対して、「原発いらない」とか「田中はやめろ」を連呼する、一テンポ遅れて日本語を合わせるデモ隊のリズムは、正直、盆踊りかなにかの輪に捲き込まれたような恥ずかしさがあったことです。
これが表現であれば、恥ずかしさも快楽ですが、「訴える」力であれば、花火の足下にも及ばない……(日本語を合わせる、デモコールのリズムを坂本龍一さんは変える必要ありではないか?)。

花火大会に繰り出す優に二万人の人々が一斉に声を出すような、まるでナウシカのような朝吹真理子さんの声に導かれるようななにかが必要だなと、永田町を後にまだ打ち上がる花火を横目に帰途、イメージフォーラムという映画館にリュック・フェラーリ7回“帰”上映会のチラシ残部を確認に行きました。

すると係の人は、それは届いていないと言うのです。確かに何処にもありません。
チラシをアップリンクに納品して10日以上経っているし、その後シアターNやユーロスペースにも行ってみましたが、どこも「これは届いていない」とのこと。
藤井さんに確認したら、「挟み込んだり撒いたりしたからチラシの残部はほとんどない」とメールが届く。
オカシイ。
気になるのでアップリンクのチラシ置き場に出掛けてみたら、絞めたチラシがほとんど残っており、その他のスタッフに出荷表を調べてもらうと、全く撒かれていないことがわかりました。
「映画/千夜、一夜」のときも、藤井さんのところで約4週間音信不通になりましたが、案の定です。

この仕事を受けたときに、何人かの劇場支配人から「アップリンクは気をつけたほうがいい」と忠告をもらいましたが、それは別の意味での忠告であったのだけど、いま思うと、すべてがつながっていました。

一言で言うと、社会と映画をつなぐ窓としての劇場が機能不全に陥っている、ということ。

少なくとも今回のようなオリジナル企画をこなすだけの余裕が今のアップリンクにはない、ということ。

期間中、私は二度も午前6時前に藤井さんが渋谷を歩いて帰る姿を見かけています。
こちらは朝まで飲んだり遊んだりという頃合いまで、週のうち五日間くらいは、彼女は劇場に寝泊まりして仕事をこなしているのでしょう。
このバランスの悪さは、「1+1+1=-3」といった感じなのです。
ここには労働基準法もなければ、「精神の自由」もないだろうと思いました。

仕事が与えたものと仕事が奪ったものが、朝帰りの藤井さんからは見えてきます。

今回、藤井さんやアップリンクを辞めた岩井くんをはじめ、人としての魅力も立派さももちえる人たちと共同作業できたことは素晴らしいことでした。
しかし、仕事があり、それを通して社会のなかに在る実感がもてないまま、映画のなかにいることは、映画を愛することかもしれないけれど、映画を理解しているとは言えません。

要するに、藤井さんは、孤(ひ)とり努力すればするほど、ゴールが遠のくような短距離走の選手なのです。
独りで抱えられない責任を背負うことは、震災時の管首相のように、かえって無責任な方向にわたしたちを追いやることになるでしょう

最初に、「私」が行うイベントでは、時に、このような問題が起きてしまうと書きました。
それは「私」にプロ意識が欠如しているからではなく、「私」がアマチュアのような精神の自由と、プロとしての責任意識とをミックスしたり、分離したりする余裕がもてないまま、問題が生じるのかもしれません。
とりわけアップリンクは機能不全に、今陥っていて、それをはっきりと顕したのが、「映画/千夜、一夜」でした。


私は遊ぶ
君は遊ぶ
わたしたちは遊ぶ
映画をして遊ぶ
君はこの遊びにも
規則があると考えるかもしれない
(でもそんなものはありはしない
そこで君はそんなものありはしないと考えようとする
でもだからこそ
この遊びにも規則があるんだ)
定義はいろいろあるけれど
二つか三つあげてみようか
他人という鏡に
自分をうつして見つめること
世界と
自分自身を
すばやく、そしてゆっくり
忘れ、そして知ること
考え、そして語ること
おかしな遊び
人生そのものだ

1967年5月 ゴダール
(「わたしたちで映画を作ることを学ぶために友だちに宛てた手紙」)


最終日、河瀬直美さんのいかにもな奈良のおばさん(失礼!)風情と、中村優子の幸多き笑顔という敷居の低いシチュエーションがよかっただけに、客席の疎らさは何とも淋しいものがありました。
佐々木敦さんと安藤尋さんの「部室トーク」と対を成すようなトークで、ひたすらに男性が去勢されるような話題が続出したガールズトークですが、中村さんは鷺島でも内田春菊さんとモニター越しにないしょの話をしてくれたなと、その空気を思い出しました。

その彼女ももうすぐ母になり、『垂乳女』で地上に出てきた男の子もあんなに大きくなってSkypeに出演してくれました。

今回のイベントで一番静かな声だったのは、笹岡啓子さんと岩井くんのトークでした。岩井くんの柔らかな質問に対して、一切の無駄を排して応える笹岡さんは、そのスライドショーと共に、このイベントで唯一音のない原音主義を貫きました。
これこそまさに再現できない、響き。

「音がほとんどない」ということが、どれほど豊かな体験であるか、デモや花火大会の喧騒を掻い潜りながら、あの『Shutter Island』のような小間(齣)切れが、『火垂』のラストカットのように無言の瞳となって迫ってきます。

外は暑いけれど、映画館は長くて深い洞窟、心が遠くに連れて行かれる場所です。

中村優子さんや渡辺真紀子さんや藤間美穂さんが三姉妹を演じた『ギリギリの女たち』を見ました。
それは人間の殻を着て生きて行くことへの揺るぎない女たちの劇的なるもの。
Bel animal (美しい動物)でいること。
いつでも動物のようにいつも風の匂いをかいでいる、「わたしたち」もまた、ギリギリなのだと、35分間ワンカットの緊張を感じながら、懐かしさを、五日間のイベントにすでに抱きはじめているのでした。
(2012/8/13)

 

※ 藤井裕子さん:アップリンク支配人

 

後日談:「田中はやめろ」の田中って、野田(首相)のことですか? 思わず笑ってしまいました(田中でも野田でも、固有名はどちらでもよいところが日本の象徴としてふさわしい)。
ユーチューブでしか見ていませんが、リクルマイさんのデモコールは、心地よいです。

 

http://www.youtube.com/watch?v=Hz2_JeWIpEM&feature=youtu.be

 


2012年

8月

13日

最終日前夜

                                           text 宮岡秀行

私が行うイベントでは、時に、このようなキセキが起きてしまう。

昨夜の、小原真史さん、橋本慎太郎さん、朝吹真理子さんとのシンポジウムは、エキサイティングなものとなった。
小原さんの映画が、実に見事な出来であるから、司会者である私もノリノリで行けたわけだが、橋本さんの中平卓馬との体験談が、写真家としての橋本さんを鍛え上げたプロセスと、ロビーで3日間行った「1」という展示を裏打ちして説得力があり、「90分以上の映画が映画館では見れない。最近タルコフスキーの1本の映画を3回に分けて見た」という朝吹さんと、隣で、無言で何度か頷き合っていた私は、マイケル・マンの映画さながらのズレが美しい関係を映画と構築しながら、更にその隣で、すぐれた映画作家(本人は映像作家と謙遜しているが)特有の無駄のない自作解説を小原さんは展開してくれた。
異質なものがぶつかり合いながら、「1+1+1=1」という極めて『惑星ソラリス』的な記憶の時空が生まれた。
この模様は岩井さんがレポートしてくれているので、その一端に触れてみてほしい。

そのレポートの後日談でも触れたマルクスは、「人間は、社会的存在であるという点で、動物とは区別される」と記したが、その後調べてみると、「労働者は、食べる、飲む、産む、もう少し良くても、住む、着る、といった、自分の動物的な機能の面でだけ、自ら進んで行動していると感じることができるだけで、自己の人間的な働きの面では、自分が動物であるかのように感じることになる。動物的なものが人間的なものとなり、人間的なものが動物的なものになる」という転倒が生じていると指摘する。
「食べる、飲む、産む、などは、人間的な働きでないわけではないが、それらを人間的活動のその他の領域から切り離して、それだけを究極の目的としてしまうような抽象化が為されるなら、それらは動物的なものとなる」と続けるのは、岩波文庫版『経済学・哲学草稿』のマルクスだ。

調べてみて迂闊だったのは、ここに「産む」というテーマが見え隠れすることだ。
マルクスはこれを記したとき、具体として性別をあげずに、人間として「動物」を捉えているのである。
一方で性別を視覚的に捉えてしまう映画は、恋愛ものからロマンポルノまで、性差を武器にしたメディアであって、神代辰巳の『悶絶どんでん返し』からロメールの遺作に至るまでが、それを倒錯的に変形・活用してきたことはすでに記した通り。

最終日に上映する『火垂2009』を前夜に試写して気がついたのは、河瀬直美さんの映画の性差は、自らの快感原則に忠実であるということだ。乳房を覗きみるなどという映画的な快楽とは無縁で、出すか仕舞うかの二者択一、なのだろう。

「母が男の子を自分とは違うものとして、乳と共に人生を押しつけないからである。母は、男の子にとって、単なる授乳機械にすぎないが、女の子は、子どものときから身体を母に委ねることの意味を知っている。お前はどうして私の乳を飲まないのか、お前は私と同じ性別で、男の子よりもはるかに弱い従順な子どもである筈だから、私の言う通りにしない筈がない。それが、母の娘に対する期待である」とは、小倉千加子が『ナイトメア―心の迷路の物語』に記した一説だが、この一文を読むだけで、私が今まで出会った中で誰が豪傑かという問いに結びつく。絶倫はたしかにいるけれど…男にそもそも豪傑は居なかった…母…母の母…。

朝吹真理子さんに舞台上で自作の朗読をお願いした。なんの断りもなく、彼女は私が囲った行を読んでくれたのだが、これもまた豪傑の成せる術だろうか、それとも1984年というSFの金字塔が生まれた年に生まれた小説家の、これは筆答だろうか。
朝吹さんが人前で朗読することすら知らなかった私は、あまりに美しいそのイントネーションにクラクラした。会場に居た誰もが息を呑んだその朗読は、これまでの生涯で聴いたもっとも神秘的な声だった。声は書き写せないが、この日がなければフロッタージュの如く浮き上がらなかった「文字」を引用しておこう。

「貴子は、身のうちに流れる生物時計と、この家の時刻と、なべて流れている筈の時間が、それぞれの理(ことわり)をもってべつべつに流れていたように思えた。また時計が鳴る。やはり鳴りすぎると貴子は思った。」
朝吹真理子『きことわ』

私が行うイベントでは、時に、このようなキセキが起きてしまう。

それは私の仕業ではなく、それぞれがそれぞれの関わりにおいて、責任をもち、応答を繰り返したからだ。客席に居た中村優子さんも、ものスゴく面白かったと、お腹の中の生物時計がいつになく暴れて、興奮を体感してくれたようだった。
(2012/8/10)

2012年

8月

11日

四日目

                                           text 岩井秀世

世界があり、社会がある。
社会があるのは、人間が集団で生活をするための前提条件として、条理やシステムを必要としたからであり、それに適用できない(しない)人間は、非社会的な茫漠とした世界を彷徨う。そこには人間の条理とは全く別の時間が流れていて、例えば虫と鳥の区別もない。それがなんであるかという前に、知覚された、例えば赤という色に反応する。そのような言わば獣的な感覚は、本来どの人間にも宿っているものだと、小説家の朝吹真理子氏は言う。それは人間社会の条理や理(ことわり)を疑いもしない人間にとっては「不気味」な危険なものでしかないのだろう。

おそらく、現在の中平卓馬氏は、更にその世界に深く入り込んでいるようだ、と十年近く中平氏と随行している、同じく写真家の橋本慎太郎氏は語る。しかし、中平氏も記憶を失う以前、例えば70年代に沖縄問題に関わりを持っていた時期は、おそらく社会の側にもいたのだろう。ただ、その頃から社会という器の外側の存在に中平氏は既に敏感であったことは想像に難くない。『なぜ植物図鑑か』と言った書物を書き、ドキュメントされた一枚の写真が、社会の側から思惟的に作り変えられることに苛立つ。社会とは中平氏にとって、それがねつ造された、ただの空疎な容器であると言わんばかりに。

4日目の『カメラになった男 写真家 中平卓馬』の上映後のトークショーで語られたことの一部を要約してみたが、だとすると写真というのが、世界を写すものであり、映画というものが、社会を写すものに親しい関係にあるような気がしてくる。司会の宮岡氏が、「映画の側」から発言された監督小原氏への質問で、本映画は小津的なシンプルに円環を巡る構造と、小川伸介的なモンタージュによってできているという批評があったが、それは社会の向こう側に行ってしまったものを、社会の側から解釈する行為なのかもしれぬとも思う。それをねつ造と中平氏は怒るだろうか。

本特集を、あえて通常よりも多く女性を呼ぼうとしたコーディネーターの宮岡氏の真意は定かでないが(その方が華やかでいいじゃない、と軽く言っていましたが...)、そのことにより、恐らく、この特集は世界と社会の関係を露わにしようとする方向に進んだことは確かだ。あるバランスの悪さがこの社会にはある。中平卓馬や、あるいは灰野敬二のような人は、そのバランスの悪さに徹底的な違和感を感じ、外側にあえて向かっていく。しかしまた、朝吹真理子や最終日のスカイプトークで出演してもらった河瀨直美は、同じように世界や社会を捉えているにも関わらず、同時にそのどちらにも存在しているような、無理のない存在として生きているようなに見える。それはもはや人間という獣と言ってもよいような、慈愛と凶暴さに満ちた存在...もちろん、これは男性である、私の主観でしかないのだれど、それはこの特集のある大事な気づきでもあったことは、一言書きとめておきたい。

「映画が社会から追放された」と纏めるのは簡単だけれども、私はデモに行くことと、映画を上映することはあまり違いがないと思っている。本当に社会変革を目指したければ、官僚や政治家になってネゴシエーションをするのが現実的だし、路上をただ歩くデモは、警官隊によって確実に社会とのラインを引かれていて、そもそもそこを目指しているのではないのだろう。だとすると、何を行為しているのか。それは、なぜ映画を観たり上映するのだろうかという問いに繋がるはずだし、それは私にとってこの先も考え続けていきたい問いだと感じている。
(2012/8/10)

 

左から橋本慎太郎氏、小原真史氏、朝吹真理子氏
左から橋本慎太郎氏、小原真史氏、朝吹真理子氏

後日談(宮岡秀行):

2というのは、社会性のような気がします。恋人たちは、だからそれだけで、社会たり得るように思います。一方国家は1を求めます。独占や統一が国家の夢であれば、結婚という社会的な制度や出産や育児をめぐる様々な保護機能も、1の思考です。マルクスが、人間は社会的な動物でしかないかのような発言をしていますが、ある時間にある場所に行き誰かに会うこと自体がすでに制度に囲まれたものだと思います。朝吹さんが、当日トークで、「いつか誰にも記憶に残らない小説を書きたい」といい、中平さんや岡部さんが子どものような眼差しで土に触っているように見えたとしても、それ自体は既に一度社会化された触り方だと、私は疑うのです。 

 

映画は不思議なもので、どこかプラトンの洞窟のような、そこを疑うことすら「亡くして」しまうような恍惚的な幸福感があります。受け身で生きていく人にとっては、ここは孤独の王でいられる定点、そして映画館は定点観測の場所でしょう。

映画館から出て、いま見た映画を、ああでもないこうでもないというのが、『映画千夜一夜』という本だったように、映画の醍醐味は、誰かと映画を見た後に、おしゃべりする2の思考であるように考えます。安藤尋にとっての佐々木敦さんが、私にとっては青山真治さんが10代のときのそのお相手であり、いまの自分たちの映画思考の土台は、すでにそのとき形成され、あとはそれを忘れていくプロセスかも…とは、安藤さんとアップリンクの外で立ち話したことでした。

 

実際、ゴダールやトリュフォーも2の思考が批評家時代以前にすでに出来ている気がします。

フランス社会が、日本よりも成熟しているとしたら、そういう映画館の外の時間が豊かだからではないか、と想像しながら、リュック・フェラーリのパーティーの場面など撮りながら、感じていました。あの場面も当然、2(カップル)が三組映っていますが、カップルで映画を見て、音楽を聴いて、「議論」する。日本が国際的な意味での社会性を欠いてしまうのは、どうもここにあるような気がしてしまい、同時に、その成熟拒否の態度が、マーケットで有効な点も、ここにある。阿倍和重さんがそのノンフィクションで詳細をリサーチした後期資本主義の諸相です。

 

誰かを誘って映画に行きなさい。とくに男性に限ったことではないかもしれないけど、TSUTAYAや飲み屋と本屋だけが人生になる後期男性社会は哀しいし、淋しいし、誰もが中平卓馬のようにはなれないわけだから。

 

 

2012年

8月

10日

三日目/ゴッサムシティより

                                           text 宮岡秀行

イベントが中日(なかび)を迎え、動員に繋がった。
でも繋がると同時に、映画が社会と繋がっていないことも実感した。
 
詩人で映画監督の福間健二さん、映画監督の舩橋淳さんとの対談を司会して、アメリカ映画についての話題になった。
公開中の『ヘルタースケルター』のような日本映画を見るよりは、『ダークナイトライジング』のような、必ずしも出来がいいとはいえないアメリカ映画を見ることの方を、僕は好むと言ったのが、きっかけだった。
福間さんが、主観ショットと客観ショットの区別が日本映画にはあり、それが自分にはよくわからないという齟齬も、私には、社会と映画とが主観と客観とで分離されてしてしまう「日本」のようにも感じられるし、舩橋さんの新作『フタバから遠く離れて』は、そこを問おうとしているような気がする。
その映画の主題歌を提供した坂本龍一さんは、舩橋さんも参加した脱原発集会で、「たかが電気のために何で命を危険にさらさなければいけないのでしょうか。お金より命、経済より生命」(http://youtu.be/EiKFO190IEw)と訴えた。電気と命、経済と生命、ここにも主観ショットと客観ショットの区別が見られるようだ。
 
この上映会の初日に、管啓次郎さんが、『わたしたちの間の徴』の岡部さんを見て、「世界中のあらゆる儀礼に見られる大地と人間との関係を感じた。しかも儀式の制度抜きに」とおっしゃったときに、世界と映画とが一瞬接続されたような気がしたのは、『ダークナイトライジング』のゴッサムシティが、どう見てもニューヨークに見えてしまう(ニューヨークにしか見えないというべきかもしれない)その接続感に近い。
映画を見ているとき、誰もがバットマンが存在するゴッサムシティの世界の住民になっているのに、ゴッサムシティを俯瞰するショットが出てきて、そこに通じる橋が音もなく崩れ落ちるとき、突然そこがニューヨークになり、ひとりの個となって現実が存在していることのインパクトに驚くという体験は、日本映画ではほとんど味わうことのない不気味さだ。映画としては前作のバットマンが遥かに出来はよいけれども、クリストファー・ノーラン監督には主観と客観の区別は前作以上に崩落している。
 
本上映会や、単館上映や映画祭に行っても、映画が社会から追放されたという感を拭えないのだとしたら、いま映画はどこに在るのかを知る必要があって、少なくともこのような特集上映の中にはゴッサムシティのような「社会」はないだろう。
 
今回特集した白井戦太郎の戦前の武士道映画『柘榴一角』は、戦意高揚目的というか、どこかで軍国主義を煽る細部に充ちながら、細部においては、「間の取り方と娘たちの健気さが印象的」との意見を、福間恵子さんからもらった。
そうした細部を見分ける目が一方でありながら、戦意高揚には、どこかでゴッサムシティ映画に似た魔力があり、芸術表現が最終的には右翼的な傾向を帯びることも認めたくなるのである。
日本の映画人では河瀬直美が、その最右翼だろうが、『火垂』の中で、田園が海にディゾルブするとき、日本島がすぐにでも水没するかのようなゴッサムシティの夢見心地が一瞬、日本映画でも実現したような錯覚がしたのは、細部の拡大解釈だろうか。
 
アップリンクを見渡すと、ひとりで映画を見に来た観客が目立つ。
ゴッサムシティのように、『ヒューゴ 不思議な発明』を見たあと、「あの駅はいまのオルセー美術館にあたる位置にある駅で、あの駅が美術館だと想像して見ると映画の印象が違ってくるよ」とMと話したことを思い出す。
映画は中年以上が二人で見に行くメディアであり、そんな会話を誘発することが、映画鑑賞以上に大事な、社会行為であることを、日本は身につけて来なかったのかもしれない。
 
(2012/8/06)

後日談:

先日、2011年3月12日に震度6強の大地震に襲われた長野県の栄村で、全壊判定を受けた古民家の土壁造りに参加しました。「土を塗りこめる作業は、祈りをこめることにむいている」と実感したところです。

 


2012年

8月

07日

乳首

                                           text 宮岡秀行

男性にも乳癌があるということを、最近聞いた。
性転換した男性の話ではない。ホルモンの変化から乳癌が男性にも適応されるというのだ。

河瀬直美の『垂乳女』を見返し気がついたのは、この映画には、乳房がカタログされ、その先端部の乳首がすでに、グラデーションの一部に見えることだ。
乳癌検査のようなカットも出てくるが、乳癌は器具を使っても見えるものではない。

この映画で見えるのは「深く刻まれた皺」とその個体化した乳だ。

古くからの女友だちのTさんと映画を見たあとに話したのは、上映された映画とは関係のない『我が至上の愛 ~アストレとセラドン~』というエリック・ロメール監督が87歳のときに撮った遺作だった。
五世紀のガリア地方を舞台に、ときおりぽろりとこぼれおちる「ニンフ」の幼い胸のふくらみや乳首が、風のそよぎや陽射しの移ろいのように画面を揺らし、まるで晩年のルノワールの映画のようにエロチックで若々しかったこと、そして、無造作にこぼれる乳房がいかに美しいか、という話題だ。五世紀のフランス以前のフランスに建っている筈などないシャトーがあるドルイド教の叔父さんがいる村と、主人公のアストレがいる村とが、たった3カットで結ばれていて……、映画はかくも単純なものだと、関心し合いながら、そのクローズアップされることのない乳首が、見えてしまう瞬間こそが、ロメールの「幻想性」ではないかと、あまり乳首を写すことのなかったロメールの最晩年の自然さと、河瀬さんのリアリズムの違いに、話しは盛り上がった。
なぜ、乳ばかりをクロースアップしてしまうのか、そこに女性としてというよりも「乳の映画」として不満を感じたのだろう。
同時上映した『母モニカ』にも一瞬、三好暁の乳が写るカットがあるが、それはお風呂のなかのカットなので、濾過されている。
Tはモニカも初めて見たのだが、三好のもつ少女性をよく見抜いていた。

自分と描くべき対象があったときに、それは自分と乳首でもいいのだが、そこには主観と客観はあっても外部はない。対象と自分との関係を認める存在があったとき、はじめて自己の欲求というか、対象化は成立する、というようなことをラカンがどこかで書いていたが、映画は、とりわけ私の目指す映画行為には、この「三点確保」は不可欠だ。
『我が至上の愛 ~アストレとセラドン~』には、まさに愛が成就するための、三点確保が不可欠な要素として出てくる。主人公のセラドンが女に化ける後半は、まるで乳癌が歩いているかのような、「見えなさ」として演出される。
ロメールは、どう見ても女に見えないセラドンを堂々と見せながら、アストレは最後まで女友だちとしてのセラドンを愛しはじめる。男性であるセラドンは、そこから以降は画面に乳首を見せない。そういう意味で、そこはジェンダーとしての記号であり、ロメールは周到にもセラドンの声を、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)の技術を使いトーン調整したという。
一方、河瀬さんの映画は、子どもが膣からでてくるときのカメラ位置と編集とが、まるでホラー映画のようであることもTに指摘されて、びっくりした。なるほど、言われてみれば。

出産の瞬間は撮れても、いのちや、いのちのつながりは写らない。
写らない世界をどう見せるか。
とりわけこの日本で、見えない、知らされないことが既成事実となってしまうこの社会の中で。
今朝の読売新聞を読んでいても、原発事故直後の東京電力内の会議の模様(記録映像)が公開されたけれど、肝心要なところは修整が施されているらしい。

「わたしたちの『知る権利』は宙吊りにされた」とは、『フタバから遠く離れて』を撮り続けている映画監督の舩橋淳の言葉だし、肝に命じなきゃならない認識だ。

少女が、映画の他者として、固定観念から解いて行くという夢を私は見たことがあった。
「母モニカ」はその結晶であり、河瀬さんの映画とカップリングすることで、乳首ひとつとっても、違った態度で吸い付いた映画であることは、ある女の存在証明としても、見逃してはならない。

すでに老いた彼女について多くを語らないために…乳首のような老いた日本の富士山だ。


(2012/8/06)

後日談:映画を観たあとにお話が生まれる、というお話。会場の雰囲気とともに、見たことないおっぱいの映像が伝わってくるような気がします。

 


2012年

8月

07日

三日目が終わる-大恋愛をしていたあの頃の気持ちで-

                                           text 岩井秀世

映画/千夜、一夜と題された本特集も三日目を終えた。


安藤尋監督の『いつかあの日となる今日』は、成瀬巳喜男『乱れ雲』のあの恐るべきカットを思わせる、軒下で雨宿りをしている2人の男女のカットから始まる。2人は同窓会で久しぶりに再会した元恋人同士である。彼らは過去に、確かに何かを共有したはずだが、それは「記憶」を介することでしか繋がっていないことに気づく。それに戸惑い、苛立ち、立ち竦む。もしかしたらやり直せるかもしれない、という淡い期待を勿論抱いてはいる。ただ、どうしても「それが現在と繋がっていない」ということに別々に傷ついている。そのように現在形で2人は同じ場所に存在しているにも関わらず、停滞を続ける。


その停滞を破るのは、エレベーターという「機械」である。初めにそのエレベーターに2人が一緒に昇り、淡い期待を抱いたその乗り物は、かれらが別々の階に引き裂かれ、互いが乗っていなくても、1、2、3、と昇り、降りていくのである。その無慈悲な電光の掲示をみて、彼らの「記憶」とは全く無関係に現在があるということに互いが気付く。その時、初めて映画は終わるのである。


それは『母モニカ』、『垂乳女 Tarachime』上映後の、宮岡秀行氏と七里圭氏の対談の中で、宮岡氏が述べられた「何年か前の自分の写真を、現在見たとしてそれが自分であるとは限らないように感じる」という、一種人間の同一性が揺らぐような告白にも繋がる。人は、記憶の連なりを自分の人生と感じているつもりになっているが、例えば写真のようにそれを切り取ったものを見た瞬間に、それは記憶とは別に存在している「何か」に気づくのである。


一体それは流れている時間のどこに存在しているのであろうか。映像に対する、写真の恐るべき優位はそこにある。「持続する時間」を掲げる映像に不意打ちを食らわせて、時に貧弱なモンタージュは情緒的に立ちすくむ。


またそれは一日目の岡部昌生氏のフロッタージュにも通ずるところがあるだろう。フロッタージュは歴史の痕跡たる石や木などを鉛筆で擦ることで、記憶ではない記録を残そうとしているかのようである。写真家がシャッターを押す変わりに、手で擦るその行為は、カメラという客観機械を通さずにそれを行う。そこにはある揺らぎが、そこにある痕跡と同時に、岡部氏自身が反対側に記録されるという反転を生みだす。そこには一方的に記録するもの、されるものという立場を失った作品が表と裏に残ることになる。


それが『わたしたちの間にある徴』ということであろう。先の宮岡七里対談での、七里氏が指摘した、『母モニカ』のラストカット、2人がフレームアウトした後に残ったハンカチという「徴」のことを考える。世界から人がフレームアウトしたとしても、そこには必ず何かが残る。それは絶望に似た希望のよう。「作品が完成したと同時に人間関係も終わった」と言う宮岡氏の未練とも、苦悶とも、達観ともつかない人間のみせる表情と、アップリンクの藤井さんが、前のブログで書いた「なにをどうやっても、自分の生きた痕跡が、残ってしまう」という生きることへの圧倒的な戸惑いの果ての希望として、この上映会があると言ったら言い過ぎだろうか。


いや、こんな言い方はよくないか。まだ上映会は2日残っている。周到に作家主義的配置を避け、興行的にも成功し難いこの上映会の徴は、そこからフレームアウトして初めて分かるもの。今はただ現在を生きることで、そこに残るものなど考えまい。大恋愛をしていたあの頃の気持ちで、今を乗り切らなければ。


『柘榴一角』では、戦前の谷中五重塔が見え、人物達が元気にその周りを走りまわっていた後に、『谷中暮色』では、その跡を巡ってとても小さな、しかし確かな物語が生まれていました。全てが因果とは考えたくないが、どうやってもそこには何かが残っています。


世界の広さと比べたら、本当に小さな徴のような映画群の上映、写真の展示、スライドショーはまだもう少しやっています。どうか皆さん、最後までお付き合いください。

(2012/8/7)

 

 

 

 

後日談(宮岡秀行):これまで、大恋愛ばかりをしてきた者としては、そう簡単には終わらせるわけには行かないとばかりに、今日も愛の幻影を抱えて、渋谷に向かうのです。

岩井くんが、取り上げている日本映画と、『ダークナイトライジング』を比較したならば、なにが日本映画に欠けているかが見えてきます。
一言で云うと「社会」が欠けているのではないか。

映画館も映画祭も日本で行われているものは、すでに社会から取り残され、時の忘れものと化したものではないか、と12年まえに、青山真治、井土紀州、三好暁、リ・イン、ロブ・ニルソン、諏訪敦彦と行った映画零年との更なる「開き」を実感しているところなのです。
映画は世界に開かれた窓だったとは、『セレブレートシネマ』の中のエリセの言葉で、昨日の上映に来てくれた共同監修の織田要が改めて感心したエリセの世界観だが、映画を映画館で見る習慣や10ドルで見られる環境すらない日本の社会では、映画は選ばれた感性にしか向けられていなくて、いつの間にか開かれた窓どころか、世界の「縁」に追いやられた。
縁同志の対話は、縁人には良くとも、その外部にいるものには届かない。
アップリンク島に辿り着いて、次の航路を目指すときに感じた、それは偏西風だ。

大恋愛が人生を変えるように、舟出はいつも身軽で、時々は身軽になって、そこから出て行かなくては、つまらない。
私のように恋の漂流者になることは、推薦できないけれども!

 


『セレブレートシネマ』は明日8月8日12:50からも上映があります。

2012年

8月

05日

一日目

                                           text 宮岡秀行

千夜一夜が始まった。
淡路島在の写真家・茂木綾子の三作目『島の色 静かな声』が特集上映のはじまりだ。
宮古島に行ったからだろうか、島好きだからだろうか、茂木さんは友達で女性だからだろうか、そう、本特集上映は女性にはじまり女性(中村優子)に終わる。


スクリーンで見たこの映画は、端整なまでの色調が追求され、フィルムで撮られた意味がよく感じられた。プロデューサーの相沢さんという、スタイリッシュな女性がいらしていたから、立ち話したら、ほぼ一年間島に住み込んで撮影したという。志村ふくみの染色世界を追いたくて、そこから派生したのがこの映画だった。カメラのパンニングやシーンのフェードの閉じ方が、映画人というより、写真家だなと感じたのは、カットのツナギが、活劇に奉仕しないワンカットの手法に見えたからだろうか、登場人物たちも、作品の中での生きる容量が、深まる前に編集されている、要約されている難点を感じた。


一本の作品の中で登場人物が生きられる容量を見出だすことは、大変困難だとの印象は、『槌音』にも感じた。23分版を見て、「やや長い、前半にパターンを感じる」と若い大久保監督にメールしたのは二ヶ月近く前だった。


今回追加されたカットは自身の撮影している影などだから、これは「私」映画なんだが、視点を拒む震災の、吐き気をもよおすようなカットと、かつての大槌町の幸福なカットバックからなるこの小品の主人(大久保くん)が、どのくらいの長さを作品の中で生きられるか、そこが思いのほか見えてこない気がした。


茂木さんのフィルムではフェードなどの技法が、大久保くんの映画ではアフレコによる過去と現在の交錯が行われる瞬間に、時間や人物造形が要約され、登場人物たちの作品のなかで生の時間が整えられ過ぎる印象をもった。
実際は、そうではないだろう、と。


それを観客に気づかれずに、例えばアラン・レネの『ヒロシマ・モナムール』の喫茶ドームの場面の民謡と美空ひばり(?)とフランス音楽のアマルガムのように、気がつかないうちに過去が「浸入」する、それがまさに過去を現在において生き直すことであり、リメンバリングの意味のような気がする(そのきっかけは男の女への平手打ちだった)。


同日に上映した、メカスの『グリーンポイントからの手紙』と私の『わたしたちの間の徴(しるし)』は、同時録音で音を拾い、フェードなしで cutを繋いだ作品であるが、この二作には、この時期のメカスの生の時間と、美術家・岡部昌生さんの時間とが、それぞれの容量に見合った深さや厚みで盛られているだろう。

映画のなかで眠れないメカスと、人生のなかでの古傷が傷むという岡部さんの徴候は、「同一」なのかもしれない。記憶に巧く定着しないという意味では。


『ダークナイト』のクリストファー・ノーラン監督の失敗作に『インセプション』があるが、あの映画で唯一興味深いのは、車内にシートベルトでつながれた主人公たちが段差を落ちるように過去と夢に落ち行く場面だが、この場面こそがまさに「徴候」を報せるから、興味深いのだろう。

「フロイトが『徴候』と呼ぶものを探るとき、文明や生命の疲労としての原発、そこに『徴候』を見よう」と言ったのは、『わたしたちの間の徴』で信じられないくらい綺麗なスペイン語を響かせるビクトル・エリセだが、わたしたちは、またしても、「徴候」を見逃してしまうのだろうか、と、「東京島」の一角で感じてしまうのは、観客のまばらな映画館で、夢を見ているからだろうか。

「島は、自立、独立、独行、決意、粘り強さ、頑固さ、簡素さ、の象徴」とは、トークゲストの管啓次郎さんの言葉だが、同時に、自分たちは世界の縁にいるパンクにすぎないという自覚をベースにして、いつのまにか奇妙な妖精に導かれて島を巡る……。
まるで私の大好きな歌曲クルト・ワイルの『ユーカリ』のように、それは殆ど世界の果てであり、ゆらゆらと小舟にゆられて、ある日のこと辿りつく、とても小さな島、ここはアップリンク……

(2012/8/04)

左から岡部昌生さん、管啓次郎さん、港千尋さん
左から岡部昌生さん、管啓次郎さん、港千尋さん

2012年

8月

03日

Nへの手紙

                                           text 宮岡秀行

おはよう
 
アラビアンナイツでいちばん好きなエピソードを。
 
「夜明けの光を目にしたシェエラザードは、語り止めた。
そして、彼女は黄金に輝く朝の光と熱気の中で、恋人の唇に浮かんだ汗を拭った。
恋人は、彼女を見つめて、目覚めたらもっと話を聞かせてほしいと言う。
指で、彼の瞼を優しく、閉じながら彼女は、微笑み約束した。
神が望むならば、私たちが眠りの中でも続きを語りましょう…」
 
 
最近思い当たったのは、「映画/千夜、一夜」というタイトルの導きは、Nさんからレッスンをうけたモーリス・ラヴェルの
「シェエラザード」から来たのかもしれないということ。
無意識に、あのレッスンに影響を受けたのかも、と、感じています。
ラヴェルのこの曲はリュック・フェラーリの師匠のアルフレッド・コルトーが初演したはず……です。
 
「千夜一夜…のこと、私からインスピレーションを受けたかもしれない…と云ってくださって、とても、うれしいです」
とはNさんからの返信。
 
もしかして多くの人は、淀川長治さんと蓮實重彦さん、山田宏一さんの座談会を連想するかもしれないし、確かにそうかもしれない。また、今回の上映作品を、私の独断と偏見で決めたと思うかもしれないけれど、実際は自分が決めたもの(こと)などわずかでしかありません。
選択が起こるのはつねに人と人との間であり、アクションとリアクションの間での決定だからです。今回は、若い藤井裕子さん(アップリンク支配人)と岩井秀世さんとが、その活劇を起こしてくれ、ここにも三人組が生まれました。
この場合の「活劇」とは、間に人と時間が関わる限り、当然、スケジュールの変更は起きますし、そこで新たな歪みも生じます。その歪みを、映画祭や興行のようなビジネスに転化せずに、できる限り「無限化」するのが、今回の上映会です。副題の「早すぎる、遅すぎる」とは、ストローブ的な課題ですが、効率優先の時間にとらわれない何時代か遅れているアナクロニズム、その国を支配する標準化された時間からも遅れているかのような気配。
まさに写真のような時間が目指されます。
 
今、映画はどこに在るのか……という写真を撮るかのように。
 
「確からしさの心を捨てよ」とは、小原真史さんが中平卓馬を捉えた、
きわめて小津的な優れたドキュメンタリーのなかで、高良勉さんが朗読する詩の一節です。
 
中平に似た映画詩人ジョナス・メカスは、
「真の映画史は眼に見えず、評価は関係なく、映写機の音が聞こえれば、そこに映画史は在る」と、
『セレブレートシネマ101』で繰り返します。
 
 
今回上映する24作品(初日トーク後のシークレット上映を含めての作品数)は、旅が意識を変えるのと同じように、作品そのものが、見る人の「確からしい」意識を、良くも悪くも変えるのではないでしょうか。
 
『ダークナイトライジング』を見ましたが、この映画の中で使われたクウェートとフクシマは、私にはもの足りないものに感じたのは、原発から核兵器への、そしてテロと暴動の「確からしいシナリオ」が読めたからかもしれないし、バットマンの自己犠牲で映画が終わってしまったからかもしれません。それでも、この映画が嫌いでないのは、最高の演技を見せるアン・ハサウェイとラヴェルの曲でクリスチャン・べールが踊り、革命家マリオン・コンティアールが活劇の葛藤を演じるからです。
女闘士がこんなに活躍する映画も珍しい。
 
ナンシー・ウッドがプエブロ・インディアンとのつき合いのなかで書いた詩集『Many Winters』に、宇宙のなかですべてが自分と呼吸を合わせているのを知っているものが「今日は死ぬのにもってこいの日」だと思う、ということを書いた詩がありますが、この映画の中でのバットマンの死は、あまりにも「もってこい」であり、革命家マリオンの死は助手席に無惨にも身を這わせた姿勢で、私はその姿勢に共感を覚えました。
「黒い九月」その後を描いた『ブラック・サンデー』という70年代映画があって、今回のバットマンはそれを縮小再生産したかのようにも感じました。『ブラック・サンデー』では、アメリカがパレスチナ問題に口を出さない苛立ちが、活劇を通して描かれており、確か公開時には、映画『靖国』のように社会現象と化して公開禁止に追い込まれました。
そこでも『ダークナイトライジング』公開時の乱射事件を思い出させます。
 
この映画での女革命家の無惨な死に方に共感したのは、アメリカ映画の麻薬でもあるのですが。
 
「映画では死を直接描かない」と、小津の映画を定義したのはペドロ・コスタでした。
 
死ではなく、死者と共にある映画を最近見ました。
 
『ドキュメント灰野敬二』。
映画のなかで「不失者」の小沢靖さんのことを、「故人が私の中に居る、新宿のタワレコ9階に行けば、いまでも小沢くんと会える」と、灰野さんは語ります。
その言葉に導かれた映像に、リュック・フェラーリと小沢さんが隣に並んでミキサーを触る姿を思いおこしました。私は、小沢さんと東京のとあるホールで5日間も会っていたのを、思い出したのです。ふたりのツーショットを記録したその映像も残っていて、私のなかで消えかけていたかもしれない映像が到来し、再来したとき、灰野さんの映画(残像)が、ヴェロニカのハンカチーフのように、キリストを映した、もう一つのキリスト像であって、愛と、遺されたものの受難を「実無限」として描いた、終りなき映画に見えました。
スイッチのオン/オフが映画の中ではゴルゴダの丘で(マリアとマルタも出てきます)、巻末の「ドキュメント灰野敬二」のタイトル以降が復活を描いているとしたら、そこにも小沢さんが「なにくわぬ顏」でタワレコ9階に再来して、「復活」しました。
 
死と「灰」ノ
叡智
はヒロシマ人には
近しいものです
 
と灰野さんにすぐメールして、いっしょに見た岩井くんと桜坂を降りたのが、もうかなり前に思えます。
 
(そういえば、灰野さんはまるでバットマンのようにいつも「真っ黒」だ。)
 
「あの、真っ黒の記憶は向こうの石段にまざまざと刻みつけられてあるようだ」(原民喜)
 
「シェエラザードは朝の訪れを知って沈黙に還った。
もしくは、シェエラザードは夜が明けたことに気づいて語りを止めた…」
 
(2012/7/29 広島)
後日談:ミドリガメの名前はいったんは「ながいきちゃん」と名付けられたのですが、直後に「カメヨー」に変更されました。
 
多重人格者が、ひとりでシンポジウムをしているような、詩人が注釈をつけながら朗読しているような宮岡さんの文章です。解説を加えることもできず……。「人はいつも”ひとり”なのよ」というターシャ・テューダーの言葉を思い出しました。

 

 

2012年

7月

27日

やなぎみわさんへの手紙

                                           text 宮岡秀行

宮岡です。すこし以前になりますが、『人間機械1924』を一観客として、楽しむことができました。
 
ありがとうございます。
 
上演後、すぐにこの携帯から音楽担当の柳下美恵さんに感想を送りました。
いまでも憶えているのは、時間と空間と一般的に言われるものを、実際には知覚できない私たちに、あなたのステージは、運動を介してそれらを開示してくれたことでした。
 
戦前のフィルムに音を付けるサイレント映画伴奏者の美恵さんが「抜擢」されたのも頷ける出来だったのは、まさに村山が生きた時代がサイレント映画の黄金期であり、映画=運動イマージュがもっとも果敢な試みを続けていたからでしょう。
 
マルクスの「資本論」や萩原恭次郎の詩を引用しながら、村山の運動(バレエ)を抽出した舞台は、同時に、現代のダダイストとしての、やなぎさんの世界を一枚の大きな写真のように引き伸ばしたかのようで、不思議な時空体験となりました。
 
全員が仮面を付けたことにより(高松公演ではついにピアニストも仮面を付けました)、センス・オブ・オーダー、順列や序列のない同一性の回帰といいますか、上演のどこを見ても「同じ情報量」を実現、しかしそのままではどこを見たらいいかわからない観客に序列を与える案内孃というのは、きわめてアイロニカルな仕掛けになっていて、この時間と空間とを組織するやなぎみわの世界に、引き込まれました。
 
感想といいますか、印象はその程度で、改めて改訂/進化したヴァージョンを見ることができたら、幾分批評的な感想が書けるかもしれません。
 
ところで、今回お手紙いたしますのは、8月に渋谷のアップリンクという映画館で、「映画/千夜、一夜---早すぎる、遅すぎる、映画を求めて」という手作り上映会を行います。
 
その中で、当初は美術家の岡部昌生さんとのトークでやなぎさんにご登場をお願いしようかと考えておりましたが、やなぎさんは本番中の8/4に岡部さんの番組が決まりましたから、残念ながら、この対話は実現しませんが、可能であれば何らかの形で会場に来ていただくことが出来ないかと、期待します。
 
どのようなテーマやなぎさんとお話できるのかは、まだ見えませんが、震災や震災報道などに過剰に見られる、すでに虚実という二分法が成り立たない世界(それは何もいまにはじまったことではなく、写真や写真以前の「見せ掛けの装置」に見いだされるものですが)を、どのように表現するか?
また、その徴候である、美術館や博物館やアーカイブスという展示と埋蔵とが交互になされる「物」の表象について、議論できたらとも思います。
 
抽象的なお題目になりますが、やなぎさんは自作を通じて、そこにたどり着いている感が私にはあります。
具体的に個々の作品に触れて行けば、現実と演劇、抽象と具象の間の弁証法を理解できるのではないかと、夢見ます。
 
演劇人、そう捉えた方が的を得ているような動きを最近のやなぎさんは展開されておられる。
私がやなぎさんのお仕事を知ったのは、近年ですから、美術家や写真家というイメージは人よりも薄いです。
本来の芸術、アヴァンギャルド芸術家として、やなぎさんはダダイストのように私には映ります。
 
それから、1924年に負っているエクセントリズム宣言に、ロシアのグレゴリー・コージンツェフやレオニード・トラウベルらの「FEKS/エクセントリック俳優工房」という実験的な演劇グループがあったことに気がつきました。
今回上映するソクーロフの『フラット・コージンツェフ』は、それら「レーニン・ダダ」を主導したグレゴリー・コージンツェフの終の栖を描いた中編なのです。
私の師であるソクーロフは、ロシアこそが20年代における個的創造性の発展を可能にしてきたが、この年代はあまりに忘れ去られてしまった、と、言って憚りません。
 
あなたの演劇もまた、20年代から着想を得ることで、20年代の美学を回復することに、成功した稀有な、いやほとんど本邦初の舞台ではないかと、私は評価します。
 
世田谷公演で、舞台と再会できますように。
更なる遊戯機械を!
 
時差ボケからか、今は脳天にお空が消えてしまっていて、今夜は星空なのに、パリの郊外で見かけた自転車が甦ります。
 宮岡秀行
 (2012/7/22)
 
後日談:『人間機械1924』の世田谷での追加公演が決定しました(8月4日 18時30分~)。
 
 
#やなぎみわさんは、本上映会に出演不可能になりました。

2012年

7月

24日

途方にくれる

                                           text 藤井裕子

小学生の頃、学校からの帰り道にひとりでぼんやり歩いていると、ときどき、ふっと車も、人の姿も、見えなくなって(田舎だったので、そういうことがしょっちゅうある)、視界のなかに、ほとんど何も動くものがないような状態に出くわすのがとても好きでした。


あたりがシーンとして、何も聞こえず、何も動かない。


運良くその瞬間がやってくると、「あ、きた」と思って、足をとめて、息をひそめてじっとしているのですが、そうすると、自分が生きているのか死んでいるのか、この世ではないどこかにふわっと紛れ込んだ感じになって、とても心地良かった。(ちなみにその前には、「死んだフリをする」ブームにはまっていたので、家でいるときに、いろんな「死に方」を試しまくっては、ひとり悦に入ってました。)

今回こうやって特集上映を組むことになって、宮岡さんと岩井さんの二人に、怒られたり、励まされたり、ムカつかれたりしながら、私としては生きた心地がしない(違う意味で・・・)二ヶ月を送っているわけですが、今回の特集のテーマや、ひとつひとつの作品をどうやって選んでいるかをいつもきちんと言葉にできる二人と違って、私はなかなか言語化ができず、自分でも何がやりたいのかよく分からなかった。
その中で、唯一「どうしても入れたい」と言って自分で選んだのが、『わたしたちの夏』と『槌音』でした。

こうやって(ほとんど宮岡さんと岩井さんの力で・・・)できあがったプログラムを見ながら、今でもやっぱり、わたしは自分が何をやりたいのかいまひとつ分からないでいますが、ひとつだけこの特集ってどんな特集?と聞かれたら、言葉ではなく「感覚」として、あの時学校からの帰り道に紛れ込んだときに感じた感覚と同じような感覚になる特集、と答えるような気がします。

過去の時間と、いまの時間と、未来の時間が全部まざったような感じになって、
誰も生きていないような、生きている人と死んでいる人がいっしょにいるような感じ。

それと同時に、あのとき小学生だった私はぼんやりと、「なにをどうやっても、自分の生きた痕跡が、残ってしまう」ということに気づいて、悲しい気持ちになっていたような気がします。消そうとしても、消そうとしても、自分の痕跡が残ってしまうし、自分のまわりには、いろんな人の痕跡が残っているような気がした。
それは、美しいことなんだけど、ちょっと悲しいことのような気がします。

というわけで、わたしが会いたかったたくさんのゲストの方といっしょに、何かの「痕跡」を感じる、
そんな上映会になったらいいなと思います。

2012/7/24

 

後日談:

「途方にくれる」を読みました。


このような上映会を組織してゆくなかで わたしたちの健康を害するのは情報の欠如かもしれません…


わたしたちは絶滅寸前のトキではないし、世界には自分たちと似た鳥がたくさんいると私は考えているので、それらの鳥たちが、少なくとも自分たちが行っている仕事と製作物についての情報を得て、それを行なう、あるいは行わない可能性をもつことを望みます。


ところが私やあなたに似た鳥たちは、わたしたちの小さな言語世界の中に閉じ込められていて、ときにいがみ合い…警戒して…実質は情報を得ていないことがしばしです。


しかし、そういう中でも、上映会とは直接関係なくとも、あなたの愛するチェ・ゲバラを演じた俳優など、どこかでエールを送ってくれているように感じます。参加する、関わるものたちもそうだと思います。


こういう風な組織化は芸術的仕事以上に骨が折れるし、散々な目に会います。私などは、いつも大抵、「一杯食わされた」と思います。それでもやってこれたとしら、藤井さんの言う「生きた痕跡が残ってしまう」ことにも関わるでしょう。


この上映会をあえて夏に、渋谷のアップリンクで行うことは、支配人であるあなたや、劇場staffを辞めた岩井くんがどの上映会でもなしえなかったものとなるでしょう。

 

あなたがいつかどこかで、私はこういうオリジナルなものに慣れていない、いつも先方の持ち込み企画を廻してきた、とおっしゃっていた。持ち込み企画ではない、のと、今回はなにが違うかというと、応答が求められることではないかな。レスポンスビリティ(応答責任)を問われて、応える。あなたなりの痕跡を自分の意思や目的(テロス)のためではなく残して行く。二ヶ月前のあなたなら出来なかったこと、それはすでに、もっともらしさを粉砕したことにつながります。いつかあの日となる今日、だれかが忘却の痕跡を見つけるかもしれない。


藤井さん、岩井くん、イメージを見つめるとはどういうことでしょうか?カラダにケロイドや疵といったイメージを残す人は、そこに意識を反映させることができるでしょうか?人類はいつまでも長崎の大雨や震災を憶えているでしょうか?


いつかあの日となる残存物、忘却の徴(しるし)、痕跡が、それでも再来し、到来する、それがイメージであり、真夏の恋のように私たちを結びつけた、非商業的なトーン、映画祭でも興行でもない、わたしたちの間の徴(しるし)なのです。

宮岡秀行

2012年

7月

21日

河瀨直美さんへの手紙

                                           text 宮岡秀行

吉野山での『3.11 A Sense of Home Films』 初上映時に、奈良の子どもたちが縫ったスクリーンがどんなに素晴らしいか、また、あなたの『玄牝』に心打たれた…などと話したのが、つい昨日のようです。

今回はお願いがあってお手紙します。
来たる8月に渋谷のアップリンクファクトリーにて、「祝・中村優子」として彼女の出産と女優中村優子とを同時に讃える上映会を行いたく思います。

上映作品の『火垂2009』は、すでにあなたのプロダクションと交渉済みで、この日のメインとして上映します。
他にアップリンク自体が製作した『ストロベリーショートケイクス』を別枠にて上映予定です。

私としては可能であればあなたに奈良から何らかの形で上映に立ち会っていただきたいのです。

中村さんは出産を控えていることもあって、体の胎内時間にもうひとつ別の時間を刻んでいるときに自然分娩をテーマに『玄牝』を撮った河瀬さんであれば、トークというよりも別の言葉や時間、あるいは「安心」を中村優子の胎内に、光りのように挿すことができるのではないかと思ったのです。
この出産直前に話す相手は、河瀨さん以外には考えられないような気がします。

出産を体験的には知らない私は、文学的な修辞になってしまうけれども、映画『火垂』(公開時のヴァージョンを私は何度か見ています)を通過した、未だ少女の面影を残す中村さんは、女(優)としての「痛み分け」を既にあのときあなたとなし得たと、一映画人として私は感じたのです。

まるで出産のような映画とは比喩ですが、あなたがこれまで作ってきたフィクション映画で、『火垂』を私はもっとも好きなのは、中村優子と河瀬さんの「痛み分け」を感じたからです。
これが映画製作を通じて出来うることは稀なような気がしますが、あなたのフィルモグラフィの中でもこの『火垂』は『萌の朱雀』や『殯の森』の中間に位置して独特な光を放っていると感じます。

かむながら(自然)―とは、この身ひとつで―この心で―直に入り込むものということを、大和桜井の保田與重郎はどこかに書いていたように思います。
そうでない場合は、神意にかなっていないという意味でもあったでしょうか。

『火垂』の劇中に登場する釜を制作を制作する場面は、陶芸家の加藤委さんと河瀬さんの出会いがモデルだと聞きます。なので、『火垂』の陶芸家役も、加藤さんの作陶からのインスパイアがあるのかもしれません。
「かむながらの道」をあなたの映画のヒロインは、ある男たちとの出会いから見出すでしょう。
まったく違うタイプの映画ですが、あなたの映画の女と男を見ていると、藤田敏八の映画の不均衡な関係が脳裏を掠めます。
圧倒的に人生に憑かれた中年期の男との、愛の優しさや暴力のなかで、中村さんは限りなく自然(かむながら)に存在しているように思うのです。
テイクが廻るまえとあととで、これほど変わらず「居る」ことができる女優は世界でも稀ではないかと思うくらい、ストリッパー中村優子は、プロットでも主人公でもなく、そのなかを生きる生き方の詳細さにおいて、誠実です。
初公開版やカンヌ版(私は未見です)や今回上映する版との比較には、さほど興味はないのですが、中村優子を介して、河瀨さんがどういう経験の詳細さを、観客に要求しているか、いつか見比べてみたいです。

『火垂』ができた年、福井出身のそんな彼女に引き合わせたいと思った男性が居ました。友人で写真家の橋本慎太郎でした。
私が当時拠点にしていた鷺島に渡るフェリーの中で、ふたりは運命的かもしれない出逢いをしました。
この愛の逸話はあなたもご存知でしょう。

世俗的な意味での婚期を逃しかけた小津安二郎のヒロインは、親の縁談を断って別の男性を選びますが…「かむながらに暮らす」とは、感じたことを感じるままに行うことでもあったとき、中村優子と橋本慎太郎の愛のキセキもわれわれ映画人にとっては、不思議なことはない「かむながら」だと言えますでしょうか。

第一児誕生を祝福するような時間をクリエイトとしたい、そう思うと形あるモノをあの二人に贈るよりは、無形な時をプレゼントできたらと思いトークをplanしました。

また、橋本慎太郎は『1』という小さな写真展を三日間限定で行ってくれます。

それはまるで友が友にできることであるかのように。…


対談のテーマは「誕生」でしょうか?

それから お願いはもうひとつあって、

私は未見ですが、中村さんが出ている『狛』と、河瀬宇乃さんとの『垂乳女』を今回の上映会にかけたいのです。

とくに出産の瞬間だけでなく、祖母と孫はいのちの大切さを伝える、もっとも大事な関係性だと感じますから(隔世遺伝とも医学ではいいますが、オキナワのおバアのような関係…)、『垂乳女』は、もっとも美しい「いのち」の映画として、もっと多くの人に見てもらいたいのです。

今年の年始に京都新聞上であなたのインタビューを読んで少し気持ちが明るくなったら、河瀬宇乃さんが2月に亡くなったと、同紙上で読みました。『かたつもり』をはじめ多くの河瀬作品に登場し、最大の主演女優でもあったお祖母さん。
映写機からの光はまるで「いのちの光」のようです。『垂乳女』を見ると、人間の物質としての生命と、今、スクリーンで生まれ出る生命と、河瀬さんがカメラを廻すときの精神の中の生命とが、不思議と重なって見えます。
人間は本当に消えていくものなのでしょうか?
宇乃さんはまだ生きている、と、この映画を見返す度に私は感じます。

河瀬さんのお声のやさしいトーンが「痛み分け」を忘れつつあるかもしれない東日本に響いて、中村優子の胎内のいのちにエコーを喚ぶことを期待いたします。
明日香に夏は訪れましたか?
パリは陽が輝いています。小鳥達が大勢来ています。
宮岡秀行
(2012/7/14)

2012年

7月

19日

東京の夏ー成熟と喪失ー

                                      text 岩井秀世

夏を目前にして焼き付けるような日差しを肌に感じる日に、新宿でふと時間が空いたので、近くのシネコンに入った。何か適当に、アメリカ映画を観るつもりだったのだけと、うまい上映時間のものがなく、ちょうど直ぐに入れる『苦役列車』を観た。観始めてすぐにこの映画は、最後までおそらく何も変わらない、アメリカ映画のような奇跡は起きない映画だと気付いてしまう。それは原作があるとか、それが私小説であるとかとかとは関係なく、冒頭、覗き部屋からでてくる肩をすくめ、タバコを吸う主人公の姿にそれを感じて、少し堪らない気分になったのだ。

 

ただ本当に何も起きないわけではないから、それなりに色々なエピソードがあるものの、根本的な絶対的な現実は揺らがないだろうという確認めいた気配が画面を支配していることに辛くなっただけだ。主人公が怒ったり、ふてくされたりしてもそれは磐石たるものとして存在する。(これは商業デビュー以降の山下作品に一貫して通底しているような気がする。)

 

中盤、海に入る三人の姿が、これまでになく開放的に写るのは、瞬間でもそうでないときがあっていいだろう、という例外としての暴発によって引き起こされるささやかな奇跡である。そんなちっぽけな開放が、映画というフィクションの装置での起伏になってしまうということに少し哀しみを覚えてしまった。

 

原発もいじめもシステムの問題で、もはやこれは人間の感情とは何も関係ないところで動いている。感情があるとすれば、大きなシステムに対して各各の場所で、それぞれ個々の感情があるだけだ。野田総理は、国民の総意を代表しているわけでも、個人的判断に基づいているわけでもなく、彼はそのシステムの一部の中で然るべき役割を果たすということに判断を傾けているように思う。言わば顔のない個人であって、その人を責めることは本当は違う気がしている。

 

デモについて考えるのは、個人的な感情や表現と、社会的なシステム変革の、その間に存在していて、そのどちらでもあるというところが複雑で、面白くもあり、怖い。怒りとシステム変革の両方の動機があって参加するデモはやはり直線的にならざるを得ないし、多数決の暴力を感じる。一方、表現を押しだしたそれをみると、これがどこまでシステムと対峙できるのかという不安を感じたりもする。もちろん、どちらが良い悪いではないし、だからデモが悪いというつもりでも決してなく。

 

いじめに関しても、これはずっと以前から言われているが、誰とでも仲良くしよう、できるはず、「人類皆兄弟」的なクラス編成で、そこを地獄のように感じている生徒がいたとしても、離脱を許されない、外の世界を知らない大人よりも過酷な試練を、理不尽に課しているわけで、その幻想にいつまで縋っているのか。そのような場合、確かに宮岡さんのいう「第三の場所」を見つけてくれればいいけれど、と願わずにはいられない。これはシステムに対する個人的な反撃で、これは独りデモのようなものだと思う。社会は大きなもの一つで動いているわけではなく、もう少し豊かだと信じているものの暴動だ。それはムシを観察することだってそうだと思う。

 

明治中期、石川啄木は、近代化のあがらえない流れの中で、茫漠に浪費し、女を買い、社会主義者やアナキストに関心を寄せつつも、苦しさにまかせて唄を作っていたが、「ROMAJI-NIKKI」などに描かるそれを読むと今、私もほとんど同じ気分で東京の街を歩いているような気がしている。唄は個人のもので、本質的にシステムとは関係のないものだ。それは別に存在しているものだ。しかしそれを持ちつつ社会的個人として生きるというのは難しい。故にそのころから日本人は大人になるということができなくなったのか。

 

今回、上映する『母モニカ~for a film unfinished』を観て思ったのは、出産が突然にやってきて、システムとも個人とも関係のないところで、それを受け入れるというという判断を下すということだった。「母になる」と同時に、現代にあって、もはや、どこからどうなるのか分からない「大人になる」ということを同時に選択したように見えた。「少女であることをやめる」とも言い換えられるかもしれない。母にはおそらく「なる」ものだけれど、それをやめるにはある種の決意が必要ではないのかと感じたのだった。母親に怒られ続けている主人公の女の子が、母になったことを、自分の母親に告げにいくという時に、それを同時に成し遂げてしまったような感慨があって、赤ん坊を抱えて重いはずだけど、その足は何故か以前より軽やかで力強い。

 

そんなことを考え、うだる暑さの中、夏が始まる予感に少しだけ期待しつつ、私はまるで啄木のように決意する機会を悪戯に逃して映画館へ、タワレコへ、本屋へ、ずいぶん東京を歩き続けているように思う。
(2012/7/17 新宿)

 

 

追記1:いじめについては内藤朝雄『いじめの社会理論』をまず読めば、すべきことがすべて書いてあると思っていたのですが、それももはや10年近く前のことではないだろうか。

 

追記2:『苦役列車』をみて溜まらなくなったので、続けて『アメイジング・スパイダーマン』を観た。しかしここにはサムライミ版で感じるような奇跡は希薄となり、バスター・キートンのように動き、弾んでいたスパイダーマンの飛び方がどこか不自由になっていた気がする。現実が重くのしかかることで何とか飛んでいるような、ぎこちなさ。アメリカ映画ですらこの気配なのか。

2012年

7月

16日

みんな生きなければならない―ヒト・ムシ・一輪の花

                                           text 宮岡秀行

低予算映画の帝王を追った記録映画『コーマン帝国』は、涙を歓迎する。とくにロン・ハワードの発言がガッツに溢れていて最高だった。アカデミー功労賞をうける高齢のロジャー・コーマンに、「アンチ・アカデミーを崩すなよ」「授賞式でもいつものままで居てくれ」と声をかける弟子(ジョナサン・デミからタランティーノまで)たちは、ほとんどキリストと12使徒である。
人生のなかで誰かと出会い、愛し合うとはこういう光景を言うのだろうか。遥か遠くの誰かを愛するように、事件の現場を共有した人たちは、その憎しみを含めて、裏腹だ。安く早く500本もの映画をつくってきたコーマンは、10本に1本「間違って」まともな映画をつくってしまう、と嘆くのは、ジャック・ニコルソンだし(!)。

コッポラの『ゴッドファーザー』一作目や、スコシージの『キリスト最後の誘惑』も、コーマンのおしえなくしてはできなかった「下品さ」が魅力だが、そこには安く早いハンドメイドな映画づくりが脈打っている。
国家資本主義の「辱め」に抵抗する、映像の聴取と音響への戒めによってつくられた映画、とまでは言わないが、ルーカス/スピルバーグを筆頭とするメジャーから遠く離れて、コーマンの映画は、知性の側にも感性の側にも位置づけがたく、まったく特異な線を描いて、それ自体の実在をもっている。

「ここは手作りである」という命を含んだ映画が、工業製品としての映画と一味違うとしたら、これに似た光景を(二本の映画を)、いま日本の劇場で見ることができる。

映画は『崖っぷちの男』という。監督のアスガー・レスと脚本のパブロ・F・フェンジェブスはどちらも新人だが、第一作の意気込みと、一瞬たりとも「文学」になろうとしない活劇性で、見るものを釘付けにする。
コーマン門下生ジェームズ・キャメロンの『アバター』主演で印象が薄かったサム・ワーシントンが、一見吹けば飛ぶような男を演じている。大義名分とも、迎合とも無縁なその「崖っぷちの男」が、ふと、「インテグリティ(integrity)」という単語をつぶやく。
インテグリティ――地に足のついた、という意味だろうか。ノッケから、いつ飛び降りても可笑しくない男の性格付けに統一感(インテグリティ)が感じられる主人公は珍しい。まさにブレない男だ。

これとは対照的に、統一感をどんどん喪う主人公を追った映画として、小説家でもあるイ・チャンドン監督の『ポエトリー/アグネスの詩』がある。イジメで話題となっている大津の皇子山中学が「見ようとしなかった映画」とは、まさにこの二本(日本)ではなかろうか。

『ポエトリー』は、中学生のいじめによる自殺と、その隠蔽をモチーフに、加害者の保護者(親ではない)が被害者の痛みや悲しみに同化するまでの、三重四重の湾曲した時間を生きる傾きとして抽出していく。とりわけ、この映画に出てくる刑事は、『崖っぷちの男』もそうだが、むごたらしく、みじめで、欲望に引っ張りまわされる下品なデカとして描かれていて、アキ・カウリスマキの『ル・アーブルの靴みがき』の上品過ぎるデカには物足りなさを感じた向きには、まるで加害者の一味に見え、いい感じだ。

大津の場合、公教育の場への強制捜査は異常事態である。また警察も生徒の死後、父親から三度にわたって相談を受けながら被害届を受理しなかった事実は、強制捜査事態が警察への批判を回避するためとしか思えない下品さだ。
その大津の皇子山中学の事件を調べ歩くと、一学年10クラス近いマンモス校であることがわかった。TV報道では意外とそこに触れられないが、教師たちは人の手にあまる一クラス50人という生徒を抱えている
登校時には濁流が流れるかのように、四方八方から生徒が集まる市内の通りは、地方都市独特の入り組んだ感じがあり、「どこかで待ち伏せ」は簡単そうだ。生徒の数に教員が対処しきれないように(担任は自分のクラスの50人もの生徒の名前を正確に覚えているのだろうか)、学校へと至る道には、不可視なゾーンがたくさんできる。低予算映画ならば避けて通るロケーションを、教育現場も親達も見ていないようだ。

『ポエトリー』の中で、主人公の女性は、ほとんど無表情に近い。異性に微笑むことの、性的な誘惑を戒しめる台詞まで出てくるくらいだから。
この二作の主人公を見ていると、芝居における表情の豊かさは、むしろ性格表現の邪魔になることがわかるが、とりわけ『ポエトリー』の無表情が、画面にはほとんど出てこない傷ついた子どものものであったことに、私は愕然とした。
気がつかなかったとは、こういうことを言うのだろう。

震災報道や震災絡みのイベントにも思うことは、やはりこの種の事件の現場との解離だ。イベントが終り、さあビールだ、おかわりだと盛り上がる人たちは、ヤサシイ。悲しいから泣く、可笑しいから笑うだけなら、誰でもできるし映画館でそれは十分だ。

シュトックハウゼンに「Zodiac」というオルゴールの曲があるが、星座の zodiacの項を参照すると、自殺した女の子アグネスの変生が、この主役の女性であったことがわかる。
それが十二宮において、どんな動物の変成なのかは、事件の現場から想像するしかないと、牡牛座の女友だちに送ったばかりだ。

ル・クレジオの美しい映画論集に、更に美しいゴダールの言葉が引用されている。
「唯一決定的な映画とは、ひとりの人間の誕生から死までを、一日一枚の割合で映し出し、ひとつの顏が一輪の花のように開花しては萎んでいくさまを20分で見せてくれる映画だろう」

だれにでもいのちがあり、でも自殺した少年にはいまがあるだけだ。
きのうもあすもない。

大津のマンションから飛び降りた少年の現場に、夜に咲くこの一輪の花を置きにいきたい。
(2012/7/11 神戸)


追記1

「integrity」についてのもうひとつの見解:
不可欠な部分がすべて失われないで揃っている、ということから、「元のままの状態」「無傷な状態」「完全な状態」という訳語になっています。このように「状態」を補ってやらないと訳語にならない所が難しい理由の一つでしょうか。この基本的な意味から、人間的な意味に転じて、「正直」「誠実」「高潔」という意味でも使われるようです。

追記2
5歳の息子は生きものを飼うことに夢中です。サワガニ、カブトムシ、ブーちゃん(カブトムシのメス)、クワガタ、オタマジャクシ、ショウリョウバッタ、金魚。すべて自分で採ったり、近所の人にもらったものです。今日仲間入りした北アメリカ生まれのミドリガメは、「みんな長生きするように」という想いを込めて「ながいきちゃん」と名付けられました。小さな生きものたちが暮らす小さな場所が、息子にとって初めての「第三の場所」になるといいなあ。
大津の少年が暮らす町に、小さな生きものの世界があったら…。ご冥福をお祈りいたします。

 

2012年

7月

11日

日本の戦後

                                           text 宮岡秀行

上映会も近づいてきた七夕、私はある日本庭園の納涼茶会の席で催された箏の演奏を撮っていた。いつになく涼しい七夕だった。昨夜までの豪雨で、空気が透きとおって、箏がやや湿り気を帯び、美しいいにしえの音が聴こえてくるようだった。
この春に私は、松平頼則の最晩年の音楽を集中的に聴く機会を得たが、これが不思議と、晩年のジョン・ケージのナンバーシリーズみたいに、遠くまで音が見えた。
ノートルダムの塔の先も、エッフェル塔も鮮やかに。
松平の音楽を聴いていると、日本の音色(箏)を活用しつつもユーラシア大陸を越えていき、逆にケージの音は、日本庭園に着地するとまでは言わないが、ドローンのように引き延ばされた音に、フェルトかなにかを挟んだ「鳴らない音」が絶えず鳴らないままに鳴っていて(ずっと脳に繰り返し響いている)、日常聴き逃している音に、知らず知らずに包まれるのである。

七夕の茶会では、沢井忠夫の「火垂Ⅱ」も演奏され、映画『火垂』の主演女優にすぐにメールを送ったりもしたのだが、今年運よく螢を見ながらお酒を呑んだ友との宴会を振り返りながら、茶会も「螢の観察」もナンバーシリーズも、タイトルがないのはいいなあ、タイトルを思い出さないのも幸せだなあと思ってしまう。所詮は人間がつけたものである名前やタイトルなんて、幸福とはあまり関係がない。
スペインの映画監督ホセ・ルイス・ゲリンは小津安二郎の映画タイトルを「原題」でパラパラ言える。尾道を歩いていても、小津ゆかりの地を見きわめながら、カメラを廻す。まるで『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公のように過去に生きるゲリンは、あの映画で最も美しいラストシーンのように、うぶで可愛らしく、でも自分の欲望に素直なガブリエラちゃんと尾道では出会うことなく帰っていった。彼は過去に囚われている。

私の好きな映画に『7/25【nana-ni-go】』という自主映画があって、最後のさざなみと探偵くんの照れるシーンは、ウッディのラストにも響いて、ドキュメンタリーもフィクションも関係なく、生々しい。シネマトグラフとはこういうものだと感心してしまう。
ポツダム宣言前夜にあたる7月25日との関係は定かではないが、あのとき日本がポツダム宣言を受諾していたら、ヒロシマにもナガサキにも原爆は落ちなかったし、フクシマ原発の事故からアメリカとの核兵器開発の合意、大飯原発3号機フル稼動に至る今日のような、日本の戦後はなかった、とは必ずしも言えない。
小津が日中戦線を行軍し、「戦争には勝たなければいけない」と手紙に書き、何人もの中国人を殺めたとき、小津の戦争努力は「勝つ」ことだった。
戦後の小津の映画は、家族の肖像を繰り返し描く。小津安二郎とフランシス・コッポラ、この二人が敗戦国のエコーを聞くように、家族の崩壊を描いてきたのは偶然だろうか。

小津の映画はカメラがほとんど動かないけれども、それは、感情が大きく動いているからカメラは動かないのだとコッポラは感じたかどうか。
地球が自転しているように一見固定しているように見えている家族には、実は動きというものが既にあると見るのかどうか、小津亡き後に映画を撮りはじめたコッポラの『ゴッドファーザー』シリーズを見れば一目瞭然だ。
自然の中に既にある動きを、いちばん自然なかたちでつかまえるには固定カメラしかないだろうと、小津は考えたかどうか、聞いてみたかった。
大和桜井の文芸評論家の保田與重郎は「自然」と書いて「かむながら」と読んだが「かむながらの道」という思想は、そういう意味では小津の主題でもあったかもしれない。
生活のなかの自然に向き合うという意味においては。
人間は弱くて震えている存在だから、銃口を低く据えて、一撃で射ぬくたびに、小津はローアングルのカメラ位置を思い出しただろうか。

すべての標的は動いているのだから…、銃身は力ずくで動かす必要はない。
標的をパンショットのように追わなければ、相手を殺す必要もない。

チャップリンと小津の映画が、もっとも偉大な感情の「動画」だとしたら、生死の奥から、それを見ていたからだろう。でなければ、『殺人狂時代』のような異様な映画は撮れないはずだ。

小津の戦後映画は、このblogを宛てて書いている馬場さんや今泉さんくらいの年頃のごく普通の女性を描いている。

家族の消滅というか、爆発を、できるだけ遅らせようとしている娘の姿が胸に響くのは、家族が失われていく、皆が去っていく、爆発していく瞬間を、あれもするな、これもするなと、遅らせようとしている「最期の子ども」の姿にあるのかもしれない。

ヒロシマもフクシマも爆発してしまったから尚更にそう感じるのだろうか…。

小津と同時代人の保田の碑を訪ねて、近江神宮に行った。

さざなみの しがの山路の 春にまよひ ひとり眺めし 花ざかりかな

「かむながらの道」を見出そうと滋賀を旅をする二十代の保田の詠まれたうたに、ノマドの心が映るようだ。

宮岡秀行
2012/7/9(尾道)

後日談:1時間前に震度5弱の地震があり、震度1~3の余震が続いているので大急ぎで送ります。余震、こわいです。冷蔵庫の棚がひとつはずれましたが、瓶は割れませんでした。こんな時でも焼酎を買いにくるお客さんがいます。昨日から白ヘビが隣とうちをいったりきたりしているのは予兆だったみたいです。

2012年

7月

05日

地球がもえとる

                                      text 宮岡秀行

 

 ♪ あした浜辺を さまよえば 昔のことぞ しのばるる 風の音よ 雲のさまよ
 よする波も かいの色も ♪

「浜辺の歌」を前回のblogに登場した歌姫・馬場菜穂子さんにおしえてもらったからか、急に泳ぎたくなったのか、早朝の潮見坂の浜辺から岩井くんに送ったcutには、日本列島をぐるりと取り囲む「原発の浜辺」が木霊している。

デモに行こう!

三船敏郎(当時35歳)が演じる70歳の中島喜一は、核兵器の脅威から逃れるために全財産を投げ打ってブラジル移住を計画する。
経済行為を優先的に守りたい家族は喜一の計画を妄想とし、裁判沙汰をおこす。
次第に狂気を増し火をつけ精神病院に入院する喜一はつぶやく、「地球が燃えとる」。

黒澤明監督『生きものの記録』は昭和の家族というよりは、旧約聖書に登場するノア、三船が演じた老人は「現代のノア」のようなイメージが私にはありました。
心理の極端な例外的な事態において、そう感じたのです。
その人間性において悩み苦しむ三船の役柄や、ある映画でキリストを演じたウィレム・デフォーは、人間というよりも「死の灰」の場面で言及されるように鳥獣的で、感じ方や動きも、その分直接的です。
普通の人間は、ただの動物であるよりは、家族や社会により強く規定されているものですが、でも「生き物」は違う、と言わんばかりのスパイダー的なアクションを彼らは繰り広げます

しかもこの映画が黒澤の反省に反して現代的なのは、「破滅なき世界」に放り出されたノアの破滅を描いた点で、そこが影響を与えたタルコフスキーとの違いでしょうか。

世界の破滅を自身の犠牲で食い止める、というキリスト的な物語を背景にしつつ、『生きものの記録』がアクチュアルなのは、世界が病院だとしたら医者も看護婦も病人ではないと、誰が言い切れるのかと描いた点でしょう。
つまり世界を救う救世主をつくらない視点において、この失敗作は後にマーティン・スコシージの『キリスト最後の誘惑』を用意します。

世界にこれだけ核の脅威があれば、少なくともより安全なところに逃げなければいけない。それが「生き物」の反応だ! と言わんばかりの獰猛さ!!
黒澤やスコシージのこの暴動映画が、社会的合理性と生きものの理性との相克を描いてみえるのはそんな印象からです。
核エネルギーを安全管理すればエネルギー問題を解決できる、それが社会的合理性だとしたら、生きものに目を向け、核問題の本質を衝くことは、ヒューマニズムよりもベスティアリズム(けもの主義)を見つめることであると……。つまりこの黒澤映画は、ただの「命」に忠実なのだ……と、狂った老人を見ながら感じたのでした。


噂に聞くところ、青山真治は父性(愛)をめぐる暴動映画を撮るらしい。
『サッドヴァケイション』に出てくる母や女たちには見ていて失笑してしまいましたが、昔見かけた蘭を栽培していた彼のお父さんの面影や、青山さん自身が苛立つ母性的で日本的なるもの(小津や吉田の映画に垣間見るなにか)を、『アメイジング・スパイダーマン』の片腕のコナーズ博士(リーズ・イーヴァンズ)のように殺ってくれたらと期待しますが、いくらクルクルパーのつくったアメリカ映画でも伯父さんのマーティン・シーンが殺されるシーンはないよ……。あんなにクルクルパーで好調だった画面の躍動感が、急に「死」という文学に支えられてしまって、以降ピーター(スパイダーマン)の「許し」の映画になってしまいかけて……。

もし、暴動の人イエス・キリスト映画祭を私が行うならば、メル・ギブソンの聖なる『パッション』は嫌ですが、『スパイダーマン』シリーズは入れてもいいように感じます。サム・ライミ監督の初期スパイダーマンには、まさにキリストことウィレム・デフォーが悪役とし出ていたから、このアメリカン・コミックの、救世主になることの足掻きは、本質的かもしれないし、スパイダーマンことアンドリュー・ガーフィールドは映画のなかでゲバラと呼ばれたりもしていた。
元祖スパイダーマンである『蜘蛛巣城』の黒澤監督なら、どう見ただろうか。

ところで、この映画のラストに出てくる男が、トム・ウェイツに見えて(聞こえて)仕方がないのですが、彼の「フランク・ワイルド・イヤーズ」を青山さんと聴きあった学生の頃、『キリスト最後の誘惑』はこのアルバムの映画化だと、どちらともなく頷きあっていたのが、昨日のようでもあり、夢のように遠い時間にも思えるのは、燃え尽きた谷中五重の塔のまえで、これを書いているからでしょうか。
「五重の塔がもえとる」


宮岡秀行
2012/7/03(谷中)

 

 

後日談:「宮岡さんにタイムラインを見られているかのようなタイミングのブログでした。原発について簡単には語れないという旦那と、それでも言わずにはいられないわたしのやりとりを「光景」と呼ぶのか」と遥かなる友から、返信をもらったように、黒澤に言及した箇所は以前に書いたメールから、再稼働がはじまった福井県大飯へ。
「地球がもえとる」ぞ。暴動だ。

2012年

7月

03日

ほとんど何もない特集上映の始まり

                                      text 岩井秀世

 

スタジオ・マラパルテの宮岡秀行氏が、8月に渋谷にあるアップリンクで上映会をやるという話に、縁あって参加することになったのは5月中旬頃。作品の選定もこれからという段階から関わらせて頂いている。


その時点で既に決まっていたのは日程と場所のみ。これは「8月4日から8月8日の5日間を使ってアップリンク一階のファクトリーで行う」となっていた。日程が決まっていた理由は、これから会場のスケジュールを押さえるにあたり、4日以上連続使用できるのがそこだったという現実的側面。

加えて宮岡氏が7年前にこのアップリンクで公開した『リュック・フェラーリ-ある抽象的リアリストの肖像』という映画に出演している現代音楽家フェラーリの七回忌が8月であること、併せて、宮岡氏が京都の学生映画祭で発見し、高く評価した今泉かおりの劇場デビュー作が直後にこちらで上映されるということを踏まえ、この場所で、この時期に、という巡り合わせで始まったのだと思う。


またその段階で、内容の大筋としては、マラパルテが権利を持っている現代音楽家リュック・フェラーリのドキュメンタリやジョナス・メカス、ビクトル・エルセなどの、近年東京でほとんど上映されてこなかった作品群を、この機会に上映しようということ。しかし、それだけでは偏りのあるプログラムになるので、他の作品を組み合わせて新旧、ドキュメンタリ/フィクション、国籍の区別なく選定し、今、東京で上映する意味のある立体的なプログラムとしようということだった。


つまりはこの段階で本特集上映のテーマらしきものは「ほとんどなにもない」状態であった。そこから何が立ち上がるのかというのを試してみるというのが主催者の宮岡氏の本願だったのかもしれないが。


あるひとつの特集上映を組むというのは、その作品を好きか嫌いか、良い悪いという判断を超えて、それぞれが響きあい、一つの全体を為すような、ある理想的な風景画を描くことに近いのでは無いかと感じる。


ただ、今回のようにほとんど何もない(ただそれは「ほとんど」であって多分何かは、ある)枠組みの中に、偶然立ち会うことになってしまった私としては、まずは広がる風景に一つ一つ目を凝らして―例えばそこが、どこかの海辺の光景だったと想定して―、何か見過ごされている大事なものが砂に埋もれているのではないかと考えたり、あるいは打ち上げられたクラゲの死骸から、何か昔の記憶を掘り起こそうとしてみたり、はたまた通り過ぎる扇情的な水着下着のお姉ちゃんに目を奪われ無為な時間を過ごしたり、もはやビーチに場違いに佇む一人の異邦人と言った風に考えることの日々だったように思う。


しかし、そのようにして考えていくと、やはり何かが見えてくるのである。


フェラーリのその作品は7年前の公開当初に一観客として観ていたが、これと併映する作品としてすぐ思いついたのは、デルク・ベイリーを追ったドキュメンタリ『one plus one 2』で、これは感覚的にキャメラの位置がとても似ていると感じたのだが、それもそのはず、同じキャメラマンで撮影されていることをすぐに宮岡氏に指摘された。


あるいは、また違った方法ながらも被写体との距離感が素晴らしい作品が何かと考えると『カメラになった男 写真家 中平卓馬』が思い起こされた。

続けて、これと対照的な作風のドキュメンタリがないかと考え、何故か10年以上前に一度観たきり、ほとんど思い出すことのなかったソクーロフの小品『ドルチェ―優しく』を思い出した。

これは奄美大島で島尾ミホを捉えた、フィクションなのかドキュメンタリなのかよく分らない作品だが、これを宮岡氏にメールにて伝えてみたところ、それであれば『島の色 静かな声』という映画が出た。

おそらく奄美の風景の連想から、宮岡氏の記憶から流れ出た映画だが、こちらは後日観て、丁寧に、端整に、衒わず島の人々の生活が静かに力強く描写されている素敵な映画で、ぜひ上映に加えたいと感じた。

また、その奄美の魅惑的で慎ましくも、豊かな映像を観ていて、逆に北海道の茫漠とした殺風景な風景を、抗いがたく魅力的に捉えている『TOCHKA(トーチカ)』を上映してみてはどうかと考えた。これに対し、宮岡氏からはトーチカであれば同監督の『よろこび』に加え、北海道の風景の繋がりの中で『7/25【nana-ni-go】』という映画が出てきた。


このように半分連想ゲームに近い形で、しかしルールは設定せず、むしろルールをそこから導き出していくような方法で本特集上映のプログラムが組まれていった。

しかし、そこにあるルール自体はついぞ明確に言葉として発せずにいた、というのが、むしろ重要なことなのかもしれないと今は感じる。分かり易いキャッチフレーズは、個人の記憶や体験を一元化させるうってつけのツールだからだ。

従って、現段階で上映まであと一か月というのに、特集上映のタイトルすら決まらなかったのだ(とこれは声高に言うことではないかもしれないが…)。いや、それでもよいだろう。ひとつの風景で出会って名づける言葉がなければ、ただじっと眺めて、なんでもないような細部に目を凝らし、そこに響いているあらゆる音に耳を澄ませていればよいのだと思う。

そんな「ほとんど何もない」ような風景が、観ているあなた個人の、思いもよらなかったある部分を震えさせ、掻き立てる、そんな体験となればよいと願う。

 

岩井秀世

2012/7/2

 

追記:写真は潮見坂付近の海辺。

広重も描いたこの光景を、ちょうど上の海辺についての文章を私が東京で書いている、ほぼ同時刻に、宮岡氏により撮られたものである。

 

 

2012年

6月

29日

遥かなる恋人に寄せて

                                      text 宮岡秀行

 

8月に、東京渋谷のアップリンクという映画館で、ふたつの上映会を仕込むことになった。

今日はその準備で、伊豆半島を望む「IZU PHOTO MUSEUM」を訪れた。わさび畑だろうか(写真)。鼻にツウッと響く感じが、旅の疲れをリラックスさせてくれる。

今回の移動の始点に私は、わさびにも似たベートーヴェンを聴く機会を得た。躯がピリッとするそのメーロスは、「遥かなる恋人に寄せて」というリートの曲で、交響曲6番「田園」と前後する時期の音楽を、馬場菜穂子さんが歌ったものだ。

ベートーヴェンというと、いかめしい顏がすぐに思い浮かぶが、この女性が歌うと、わかりやすく、誰にでもすっと入ってくる音の上下運動や、カデンツアの執拗さが見えてくる。
若い馬場さんには失礼だが、わさびのようなと形容したくなる――演奏者も聴き手もひとつにまとめてしまうキュッと締め付ける感覚が、彼女の凄みであり、また馬場さんを通して見えてくる天才の、なににも束縛されない自由な精神の讃歌だ。

馬場さんはパリ在住の奈良ゆみさんのレッスンを受けたこともあるが、いわゆるお弟子さんや音大出のソリストとは少し感触が違うのはなぜだろう?
奈良ゆみさん自体が異端で、私の知る限り最も大胆で美しい音楽家のひとりであるが、馬場さんは、それをナゾルことなく、しかし、異端からもなにかを盗み、自分のテーマを見出している。
そんな印象を受ける。

奈良さんのピアノ伴奏をされている谷口敦子さんが、この日も伴奏をされていたが、そこをどう感じているか、聞いてみたい気がする。この日の谷口さんの演奏は、気のせいでなければ、低音域の和音の連打がいつになくよく響いていた。
しかも歌と同時に響いていたのである。

伴奏が伴奏でなく、同時に響けば、原子力発電所もなくなると、私の想像力は羽ばたく。
なにかを、ナゾル限りは、時差というか、ズレが生まれ、そこには原発は必要だという錯覚も捏造されるだろう。日頃頻繁に耳にするポピュラー音楽の多くは、この伴奏(遅れ)によって、誰かが出した音や言葉や、ときには政治的な主張をも、おうむ返しにナゾッテイル。
多くの即興演奏も、よく聴けば、ナゾル音楽の手癖となって、9割以上は退屈極まりない。

そうではなく、同時に「いらない」という音が出れば、原発もすぐになくなる筈だ。

魂と魂を結ぶ交響曲を書いたベートーヴェンは若き日に、フランス革命をどのように見ていたのだろうか?
そのときなにを、「いらない」と感じたのか……。革命の起こらない日本(製音楽)からは想像力の及ばない範疇だが、馬場さんの歌声は、私には世界とつながって同時に、「いらない」といいえて妙だった。

これと似た感触を数年前、ある映画祭の審査をしたときに感じた。そのときに出会った作品は「ゆめの楽園、嘘のくに」という短編で、佐土原かおりという人が撮ったもので、その後結婚して、今泉かおりとなって、近く新作「聴こえてる、ふりをしただけ」が劇場公開される。主演は二作とも野中はなさんで、お話もよく似ている。
佐土原かおりさんと、そして、今泉かおりさんと、それぞれ一度ずつ話したことがあって、彼女のキャリアが精神科の看護師で、映画学校出だけではないことを知ったり、赤ちゃんを抱っこしていたりと、もう一つの顏をもつことが印象的で、その「遠回り」が作品に深さを与えていると、審査の席で私は述べた。
同じように、馬場さんと初めて立ち話をしたときに、彼女は日頃、いわゆる特殊学級の教員で、そのクラスに通う子供たちと、日常の多くの時間を費やしているということを知った。
そんな彼女の表情は、なんとも輝いてみえた。

「ゆめの楽園、嘘のくに」や「遥かなる恋人に寄せて」に私が心惹かれたのは、彼女たちが日頃から感じている異和に、映画や音楽の意匠をナゾルことなく、同時に鳴っているからだ。

それは、しなやかな否定だ。

決してしんどくなく、やんわりと既製のなにかを否定してゆく美が、まるでわさびのようである。

いや、私の好きなビクトリアやジェズアルドの中世の音楽のように、嗅覚や聴覚に訴える感覚が襲う……「それで私も喜ばしくなる……そうすれば喜ぶだろう、全世界も」(ジェズアルド)

全世界が同時に音を出せば、原発もなくなる……が、いらない、と声にするよりも速く私は「聴こえてる、ふりをしただけ」だろうか。
そんな妄想をわさび畑に感じたわけではないが、この嘘のくにで子供を産み育てる今泉さんや、馬場さんの歌声を思い出すとツンツンときて、思い出をナゾルことなく旅がスピードアップするのである。

宮岡秀行
2012/6/26(伊豆)

後日談:「写真は、わたしが知っているわさび畑と印象が違うのです(信州のワサビは水田のようなところに生えている)。たぶんサトイモかな」と、友人のから写真のキャプションの指摘があった。
しかし、私は見間違った山葵(わさび)を指示代名詞として使いたい。それそれ、と。

 

 

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2012年

8月

24日

最後の手紙

                                           text 宮岡秀行

 

今日はリュック・フェラーリの命日です。

フェラーリはイタリアのアレッツォで「客死」しました。亡くなる直前のフェラーリの手の美しさを、ブリュンヒルト・フェラーリに聞きました。まるでピアニストのように、宙を弾いた……と、七年前のその瞬間を、妻は忘れるわけがありません。
愛する人の死に立ち会うとはどんなものでしょう。私はまだ経験がありませんが、元彼女の死の報せを聞いたとき、彼女の美しい躰を想像しました。
長年連れ添った妻が音楽家の手を語るように、別れた恋人が自殺したとき、思い出すのは肉体的な記憶でした。
火葬場で骨になっても、灰と化しても、肉体が見えるのです。
家族が亡くなると、そうではないかもしれないけれど、愛する人は死んでも肉体が迫ります。
いや、家族ですら、肉体を想像するかもしれない。親が子に先立たれたら、子どもが熱を出したり下痢をしたり、運動会のまえに躁状態になって何時間でも起きていたりした躰の表情を、思い出すんじゃないだろうか。
親は、子の柔らかい躰の動きの中に、見事な表情のある形をいつも発見しますから。
しかし、大人は反復的な社会生活を生きていかなければなりません。まさに小津の映画のような、いろいろな生活の型というものに長い間組み込まれて生きていきます。
雑草のような日常とは嘘です。勉強やデスクワークをするときには机に向かい、用をたすには便器に腰掛け、就職すれば電車か車に乗って通うというように、そういう生活のなかで、躰の感受性というものは規定されます。そして、この反復的な生活のなかの身体の感覚が無意識的にどんどん沈殿していくさまを、「社会」と呼べばいいでしょう。年齢とともに石膏で固められた人間になること、社会人とはそのような型のことです。
子どもと同じように、躁状態になったり、閃きがあったり、あるいは性的に興奮して、それを遊んでみたいと思っても、いざとなると遊びきれないということが起こるのは、私には映画ファンに多いような気がするのです。
眼だけが肥大化して、とっさに無意識に沈殿したものを客観化できず、客観化できたとしても躰がすでにフレキシビリティーを失くしている。

私たちは小さい頃から文部省の監督する画一的な教育を受け、会社に入れば同じ背広、映画祭にいけば同じTシャツを着た人たちが居る社会に属します。
そういう意味では、見た目は社会化されている日本の映画業界も、内実は弱体化しているとは、アップリンクの支配人への手紙に書きました。
アップリンクのように、全体のなかで孤であることはできても、個であることを選択できなくなってきている…。
ムカシであれば、ルールを知った上でそのルールを捨てればよかったのだけれども、今は捨てることすらできにくくなっている。できるのは小さな違いを主張するだけで、それは管理システムから離脱できないことの代償行為をしていると言ってもいいでしょうか。
小津安二郎や溝口健二の時代との違いはここでしょうか。
つまり社会と孤というものがどういう関係にあるのか、そして個性とは何か。

先日亡くなったトニー・スコットの映画は、現代映画でもっとも断片化の激しいモンタージュが特徴的でした。情報交換の加速といえば簡単ですが、コンピューターや携帯電話、電子手帳やモニターがスゴい速度で切り返され、まるで失読症に冒されたように、同一対象に集中する注意力を長時間持続することができないかのような画面が連鎖します。
その素早いモンタージュに、注意力は追いたてられ、もはや、愛や優しさ、自然、歓びや思いやりといったことに気持ちを向けることがないかのような畳み掛けに、逆説的ですが、彼の映画は愛を、まさに「トゥルーロマンス」を追い求めていたように思います。

わたしたちの時間性が、『エネミー・オブ・アメリカ』に描かれたような、超複雑なデジタル機械の狂気じみたスピードについていくことなど、土台無理なことです。
アップリンクのスタッフが、フェラーリ上映会のツイートが百件を超えてスゴい勢いと、うなぎのぼりの動員数と共に報告をくれますが、それに返す彼女たちのリツイートが、超過労働の規範をつくり、映画大本営を局所に点在させ、自分の居場所をも麻痺させるさまは、必ずしも悦ばしいとは言えません。
そこで起こることは、返信に追われた様々な管理不足から生じる、アテンション(注意力)のための時間の喪失、あまりに膨大な情報処理を強いられた、一人の人間の肉体の消耗があるだけです。
チラシが撒かれなかったり、マスターテープの紛失事件は、こういったもはや気が散るとすら言えない、過剰なデジタル労働時間の中で起こりました。

人間の社会においては、先頃行われた首相官邸での市民団体と野田総理たちとの会談のように、原発社会は無くなることはなく、原子爆弾で起きた(そして再び起こるであろう)ような文化的な自己顕示欲が取り消されることなど、まずありえないでしょう。
そことここはデジタル回路を通じて繋がっています。デジタル環境は、肉体的に見たら、人間が自己変革する場なのではなく、あくまで環境の変化に人間が合わせていく、都市的なツールですから、そこにいる人は、代替可能なエージェンシーでしかありません。

アップリンクのデジタル労働を、大抵の映画祭、大抵の企業が行っていたとしたら、そこに「2」のための愛情や会話やセックスの時間は残されているのだろうかと疑ってしまうのです。
極端な場合、薬に依存した精神安定の反面教師として、存在することの否定、消えることへの欲望が、イジメや自殺への意志として併行して育まれることは、明らかなように思われます。
孤心が行きつく先が、虚脱感のデジタル労働空間だとしたら、個人の社会との繋がりは、もしかしたら自殺なのかもしれない…。
三島由紀夫から9・11で散ったあの魂、そして、自殺して行った彼女の肉体やトニー・スコットや大津の中学生を想起するとき、誰よりもそこに、愛と希望を私は感じはじめている、と書けば、不謹慎でしょうか?
日本で恋愛映画が成立しにくいのも、エリック・ロメールの映画に出てくるような個性が、男にも女にも備わっていないからではないでしょうか。
個性とか個人は近代社会が生み出したフィクションとしての言葉です。そして、その最大公約数的なものが、デモや暴動のような反体制的、反社会的な意識の共同性だった筈ですが、いま触れたように、その共同性には孤が個に至るためのプロセスとしての場が、欧米社会に比べて希薄だったと言えると思います。

イスラエルにカフカやカール・クラウスがいないように、同じくアメリカ依存の日本には、自国の社会基盤を根本的に問うような「身体の共同性」は戦後一度も問われていないと言えます。
「そもそも映画には社会を変える力はない。社会に助けて貰ってしか映画は作れない。」とは若き日本の映画人からの手紙の一文ですが、しかしアメリカ映画は、『ダークナイトライジング』のようにゴッサムシティとニューヨークが瓜二つのような社会的現実をつくりだし、それは被災地の気仙沼で撮られた『ギリギリの女たち』のような社会に「助けて貰った」日本映画との無限の距離感のように感じます。
社会的現実とは、マルセル・モースの言葉だった筈ですが、それが在ることで社会が形成されるようなシンボルのような、日本で言えばさしずめ「天皇」のような存在ですが。

そこまでして被災地(映画)を撮りたいのかと思います。映画を撮ったり、見たりするより、私は代替不可能な女性と夕陽を見に行きます。
映画から、ジョン・フォードが描いたような夕陽が見られなくなったのだから、田舎にでも行って、日本酒を飲みながら夕陽を眺め、飲酒運転で彼女をお家に送り届ける、その径すがら、誰の記憶にも残らないような梅の木でもあれば、そこまで歩いていくのがいいのです。
観光や旅行は人間の大罪だけども、「偶然の出会いがいちばん素敵なことなんだ」とは親友の映画監督のメッセージですが、運命とかに実体化しない、めざすべきは、ゆるーい偶然だと考えるというのは楽しいことです。

今日はフェラーリの命日でした。
今朝シリアで、日本人ジャーナリストの女性が撃たれて死にました。

誕生日と命日、人生はこの二日の間をさ迷った軌跡(奇跡)なのだとは、親友の安藤尋からの、もう一つのメッセージです。

シリアで「客死」した山本美香さんは誕生日をシリアで祝ったのでしょうか。
私は同姓同名の女性と知り合いですが、彼女は…まったくの別人で…。

こんなことを書き送ると、若き映画人からこんな返信が届きました。

ありがとうございます!僕の誕生日は丁度今週24日です。
適当にしてもすごい…そうやって女の子、口説いているのでしょうか…苦笑。

(2012/8/22)

 

後日談:

8月22日朝、シリアで亡くなった私と同じ歳の山本美香さんの記事を読んで、赤い目のまま保育園に子どもたちを連れていきました。長年にわたって戦地に赴いた美香さんの身体と感性、やさしさを心より敬い、お悔やみ申し上げます。

昨日は、平日遊べる人に声をかけて、栄村に行ってラフティングをやってきました。8人乗りゴムボートで川を下るのです。波が立っている流れの激しいところもあれば、穏やかなところもあり、川の中にざぶんと入って泳いだり浮いたり、向かい風に負けないように漕ぎすすんだり……。おもしろかったのは、川の中に入っているときは、みんなすごい笑顔なのに、陸にあがったとたん「大人の顔」に戻ることです(笑)。

京都には変化を好まず革新を好む地域性があって、田舎からやってきた私にはそれが新鮮でした。
日本の地方には、それぞれの地域の味が細々と残っていて、地域の行事に加わり、そこに暮らす人と話し、その土地の食べ物を食べることが、日本の社会の根本をつくっているはずだと思っています。田舎に暮らすと子どもができやすかったり、食料を自分で作ることでお金のために働く時間が減ったり。日本に少なくなってしまった当たり前の感覚から文化や革命や社会が生まれてくるんじゃないか……と、子どもたちの獣のような寝相を眺めながら夢想します。


2012年

8月

16日

楽(落)日

                                           text 宮岡秀行

藤井裕子さんへ

「私」が行うイベントでは、時に、このような問題が起きてしまうのです。

 「映画/千夜、一夜」を終えて、首相官邸前のデモに参加しに出かけたら、いきなり神宮外苑の花火大会に出くわし、道路を阻まれてしまいました。

どこもかしこも道路閉鎖で人人人…気がつくと花火がバンとかズドンとか肝にくる。浴衣姿の女の子たちの歓声があがる、一瞬の間合いがいい。

気持ちがいいので、駐車して青山一丁目を散歩しながら、しかし義務感からか、デモに向かうことに。
噂に聞く金曜夜のデモは意外に閑散としていました。花火大会と比べるからでしょうか、内閣府下周辺は多く見積もっても二千人に満たないでしょう。

しかし問題は、数少ないというより、リズムの違い――ズドン、間、ワアッという歓声に対して、「原発いらない」とか「田中はやめろ」を連呼する、一テンポ遅れて日本語を合わせるデモ隊のリズムは、正直、盆踊りかなにかの輪に捲き込まれたような恥ずかしさがあったことです。
これが表現であれば、恥ずかしさも快楽ですが、「訴える」力であれば、花火の足下にも及ばない……(日本語を合わせる、デモコールのリズムを坂本龍一さんは変える必要ありではないか?)。

花火大会に繰り出す優に二万人の人々が一斉に声を出すような、まるでナウシカのような朝吹真理子さんの声に導かれるようななにかが必要だなと、永田町を後にまだ打ち上がる花火を横目に帰途、イメージフォーラムという映画館にリュック・フェラーリ7回“帰”上映会のチラシ残部を確認に行きました。

すると係の人は、それは届いていないと言うのです。確かに何処にもありません。
チラシをアップリンクに納品して10日以上経っているし、その後シアターNやユーロスペースにも行ってみましたが、どこも「これは届いていない」とのこと。
藤井さんに確認したら、「挟み込んだり撒いたりしたからチラシの残部はほとんどない」とメールが届く。
オカシイ。
気になるのでアップリンクのチラシ置き場に出掛けてみたら、絞めたチラシがほとんど残っており、その他のスタッフに出荷表を調べてもらうと、全く撒かれていないことがわかりました。
「映画/千夜、一夜」のときも、藤井さんのところで約4週間音信不通になりましたが、案の定です。

この仕事を受けたときに、何人かの劇場支配人から「アップリンクは気をつけたほうがいい」と忠告をもらいましたが、それは別の意味での忠告であったのだけど、いま思うと、すべてがつながっていました。

一言で言うと、社会と映画をつなぐ窓としての劇場が機能不全に陥っている、ということ。

少なくとも今回のようなオリジナル企画をこなすだけの余裕が今のアップリンクにはない、ということ。

期間中、私は二度も午前6時前に藤井さんが渋谷を歩いて帰る姿を見かけています。
こちらは朝まで飲んだり遊んだりという頃合いまで、週のうち五日間くらいは、彼女は劇場に寝泊まりして仕事をこなしているのでしょう。
このバランスの悪さは、「1+1+1=-3」といった感じなのです。
ここには労働基準法もなければ、「精神の自由」もないだろうと思いました。

仕事が与えたものと仕事が奪ったものが、朝帰りの藤井さんからは見えてきます。

今回、藤井さんやアップリンクを辞めた岩井くんをはじめ、人としての魅力も立派さももちえる人たちと共同作業できたことは素晴らしいことでした。
しかし、仕事があり、それを通して社会のなかに在る実感がもてないまま、映画のなかにいることは、映画を愛することかもしれないけれど、映画を理解しているとは言えません。

要するに、藤井さんは、孤(ひ)とり努力すればするほど、ゴールが遠のくような短距離走の選手なのです。
独りで抱えられない責任を背負うことは、震災時の管首相のように、かえって無責任な方向にわたしたちを追いやることになるでしょう

最初に、「私」が行うイベントでは、時に、このような問題が起きてしまうと書きました。
それは「私」にプロ意識が欠如しているからではなく、「私」がアマチュアのような精神の自由と、プロとしての責任意識とをミックスしたり、分離したりする余裕がもてないまま、問題が生じるのかもしれません。
とりわけアップリンクは機能不全に、今陥っていて、それをはっきりと顕したのが、「映画/千夜、一夜」でした。


私は遊ぶ
君は遊ぶ
わたしたちは遊ぶ
映画をして遊ぶ
君はこの遊びにも
規則があると考えるかもしれない
(でもそんなものはありはしない
そこで君はそんなものありはしないと考えようとする
でもだからこそ
この遊びにも規則があるんだ)
定義はいろいろあるけれど
二つか三つあげてみようか
他人という鏡に
自分をうつして見つめること
世界と
自分自身を
すばやく、そしてゆっくり
忘れ、そして知ること
考え、そして語ること
おかしな遊び
人生そのものだ

1967年5月 ゴダール
(「わたしたちで映画を作ることを学ぶために友だちに宛てた手紙」)


最終日、河瀬直美さんのいかにもな奈良のおばさん(失礼!)風情と、中村優子の幸多き笑顔という敷居の低いシチュエーションがよかっただけに、客席の疎らさは何とも淋しいものがありました。
佐々木敦さんと安藤尋さんの「部室トーク」と対を成すようなトークで、ひたすらに男性が去勢されるような話題が続出したガールズトークですが、中村さんは鷺島でも内田春菊さんとモニター越しにないしょの話をしてくれたなと、その空気を思い出しました。

その彼女ももうすぐ母になり、『垂乳女』で地上に出てきた男の子もあんなに大きくなってSkypeに出演してくれました。

今回のイベントで一番静かな声だったのは、笹岡啓子さんと岩井くんのトークでした。岩井くんの柔らかな質問に対して、一切の無駄を排して応える笹岡さんは、そのスライドショーと共に、このイベントで唯一音のない原音主義を貫きました。
これこそまさに再現できない、響き。

「音がほとんどない」ということが、どれほど豊かな体験であるか、デモや花火大会の喧騒を掻い潜りながら、あの『Shutter Island』のような小間(齣)切れが、『火垂』のラストカットのように無言の瞳となって迫ってきます。

外は暑いけれど、映画館は長くて深い洞窟、心が遠くに連れて行かれる場所です。

中村優子さんや渡辺真紀子さんや藤間美穂さんが三姉妹を演じた『ギリギリの女たち』を見ました。
それは人間の殻を着て生きて行くことへの揺るぎない女たちの劇的なるもの。
Bel animal (美しい動物)でいること。
いつでも動物のようにいつも風の匂いをかいでいる、「わたしたち」もまた、ギリギリなのだと、35分間ワンカットの緊張を感じながら、懐かしさを、五日間のイベントにすでに抱きはじめているのでした。
(2012/8/13)

 

※ 藤井裕子さん:アップリンク支配人

 

後日談:「田中はやめろ」の田中って、野田(首相)のことですか? 思わず笑ってしまいました(田中でも野田でも、固有名はどちらでもよいところが日本の象徴としてふさわしい)。
ユーチューブでしか見ていませんが、リクルマイさんのデモコールは、心地よいです。

 

http://www.youtube.com/watch?v=Hz2_JeWIpEM&feature=youtu.be

 


2012年

8月

13日

最終日前夜

                                           text 宮岡秀行

私が行うイベントでは、時に、このようなキセキが起きてしまう。

昨夜の、小原真史さん、橋本慎太郎さん、朝吹真理子さんとのシンポジウムは、エキサイティングなものとなった。
小原さんの映画が、実に見事な出来であるから、司会者である私もノリノリで行けたわけだが、橋本さんの中平卓馬との体験談が、写真家としての橋本さんを鍛え上げたプロセスと、ロビーで3日間行った「1」という展示を裏打ちして説得力があり、「90分以上の映画が映画館では見れない。最近タルコフスキーの1本の映画を3回に分けて見た」という朝吹さんと、隣で、無言で何度か頷き合っていた私は、マイケル・マンの映画さながらのズレが美しい関係を映画と構築しながら、更にその隣で、すぐれた映画作家(本人は映像作家と謙遜しているが)特有の無駄のない自作解説を小原さんは展開してくれた。
異質なものがぶつかり合いながら、「1+1+1=1」という極めて『惑星ソラリス』的な記憶の時空が生まれた。
この模様は岩井さんがレポートしてくれているので、その一端に触れてみてほしい。

そのレポートの後日談でも触れたマルクスは、「人間は、社会的存在であるという点で、動物とは区別される」と記したが、その後調べてみると、「労働者は、食べる、飲む、産む、もう少し良くても、住む、着る、といった、自分の動物的な機能の面でだけ、自ら進んで行動していると感じることができるだけで、自己の人間的な働きの面では、自分が動物であるかのように感じることになる。動物的なものが人間的なものとなり、人間的なものが動物的なものになる」という転倒が生じていると指摘する。
「食べる、飲む、産む、などは、人間的な働きでないわけではないが、それらを人間的活動のその他の領域から切り離して、それだけを究極の目的としてしまうような抽象化が為されるなら、それらは動物的なものとなる」と続けるのは、岩波文庫版『経済学・哲学草稿』のマルクスだ。

調べてみて迂闊だったのは、ここに「産む」というテーマが見え隠れすることだ。
マルクスはこれを記したとき、具体として性別をあげずに、人間として「動物」を捉えているのである。
一方で性別を視覚的に捉えてしまう映画は、恋愛ものからロマンポルノまで、性差を武器にしたメディアであって、神代辰巳の『悶絶どんでん返し』からロメールの遺作に至るまでが、それを倒錯的に変形・活用してきたことはすでに記した通り。

最終日に上映する『火垂2009』を前夜に試写して気がついたのは、河瀬直美さんの映画の性差は、自らの快感原則に忠実であるということだ。乳房を覗きみるなどという映画的な快楽とは無縁で、出すか仕舞うかの二者択一、なのだろう。

「母が男の子を自分とは違うものとして、乳と共に人生を押しつけないからである。母は、男の子にとって、単なる授乳機械にすぎないが、女の子は、子どものときから身体を母に委ねることの意味を知っている。お前はどうして私の乳を飲まないのか、お前は私と同じ性別で、男の子よりもはるかに弱い従順な子どもである筈だから、私の言う通りにしない筈がない。それが、母の娘に対する期待である」とは、小倉千加子が『ナイトメア―心の迷路の物語』に記した一説だが、この一文を読むだけで、私が今まで出会った中で誰が豪傑かという問いに結びつく。絶倫はたしかにいるけれど…男にそもそも豪傑は居なかった…母…母の母…。

朝吹真理子さんに舞台上で自作の朗読をお願いした。なんの断りもなく、彼女は私が囲った行を読んでくれたのだが、これもまた豪傑の成せる術だろうか、それとも1984年というSFの金字塔が生まれた年に生まれた小説家の、これは筆答だろうか。
朝吹さんが人前で朗読することすら知らなかった私は、あまりに美しいそのイントネーションにクラクラした。会場に居た誰もが息を呑んだその朗読は、これまでの生涯で聴いたもっとも神秘的な声だった。声は書き写せないが、この日がなければフロッタージュの如く浮き上がらなかった「文字」を引用しておこう。

「貴子は、身のうちに流れる生物時計と、この家の時刻と、なべて流れている筈の時間が、それぞれの理(ことわり)をもってべつべつに流れていたように思えた。また時計が鳴る。やはり鳴りすぎると貴子は思った。」
朝吹真理子『きことわ』

私が行うイベントでは、時に、このようなキセキが起きてしまう。

それは私の仕業ではなく、それぞれがそれぞれの関わりにおいて、責任をもち、応答を繰り返したからだ。客席に居た中村優子さんも、ものスゴく面白かったと、お腹の中の生物時計がいつになく暴れて、興奮を体感してくれたようだった。
(2012/8/10)

2012年

8月

11日

四日目

                                           text 岩井秀世

世界があり、社会がある。
社会があるのは、人間が集団で生活をするための前提条件として、条理やシステムを必要としたからであり、それに適用できない(しない)人間は、非社会的な茫漠とした世界を彷徨う。そこには人間の条理とは全く別の時間が流れていて、例えば虫と鳥の区別もない。それがなんであるかという前に、知覚された、例えば赤という色に反応する。そのような言わば獣的な感覚は、本来どの人間にも宿っているものだと、小説家の朝吹真理子氏は言う。それは人間社会の条理や理(ことわり)を疑いもしない人間にとっては「不気味」な危険なものでしかないのだろう。

おそらく、現在の中平卓馬氏は、更にその世界に深く入り込んでいるようだ、と十年近く中平氏と随行している、同じく写真家の橋本慎太郎氏は語る。しかし、中平氏も記憶を失う以前、例えば70年代に沖縄問題に関わりを持っていた時期は、おそらく社会の側にもいたのだろう。ただ、その頃から社会という器の外側の存在に中平氏は既に敏感であったことは想像に難くない。『なぜ植物図鑑か』と言った書物を書き、ドキュメントされた一枚の写真が、社会の側から思惟的に作り変えられることに苛立つ。社会とは中平氏にとって、それがねつ造された、ただの空疎な容器であると言わんばかりに。

4日目の『カメラになった男 写真家 中平卓馬』の上映後のトークショーで語られたことの一部を要約してみたが、だとすると写真というのが、世界を写すものであり、映画というものが、社会を写すものに親しい関係にあるような気がしてくる。司会の宮岡氏が、「映画の側」から発言された監督小原氏への質問で、本映画は小津的なシンプルに円環を巡る構造と、小川伸介的なモンタージュによってできているという批評があったが、それは社会の向こう側に行ってしまったものを、社会の側から解釈する行為なのかもしれぬとも思う。それをねつ造と中平氏は怒るだろうか。

本特集を、あえて通常よりも多く女性を呼ぼうとしたコーディネーターの宮岡氏の真意は定かでないが(その方が華やかでいいじゃない、と軽く言っていましたが...)、そのことにより、恐らく、この特集は世界と社会の関係を露わにしようとする方向に進んだことは確かだ。あるバランスの悪さがこの社会にはある。中平卓馬や、あるいは灰野敬二のような人は、そのバランスの悪さに徹底的な違和感を感じ、外側にあえて向かっていく。しかしまた、朝吹真理子や最終日のスカイプトークで出演してもらった河瀨直美は、同じように世界や社会を捉えているにも関わらず、同時にそのどちらにも存在しているような、無理のない存在として生きているようなに見える。それはもはや人間という獣と言ってもよいような、慈愛と凶暴さに満ちた存在...もちろん、これは男性である、私の主観でしかないのだれど、それはこの特集のある大事な気づきでもあったことは、一言書きとめておきたい。

「映画が社会から追放された」と纏めるのは簡単だけれども、私はデモに行くことと、映画を上映することはあまり違いがないと思っている。本当に社会変革を目指したければ、官僚や政治家になってネゴシエーションをするのが現実的だし、路上をただ歩くデモは、警官隊によって確実に社会とのラインを引かれていて、そもそもそこを目指しているのではないのだろう。だとすると、何を行為しているのか。それは、なぜ映画を観たり上映するのだろうかという問いに繋がるはずだし、それは私にとってこの先も考え続けていきたい問いだと感じている。
(2012/8/10)

 

左から橋本慎太郎氏、小原真史氏、朝吹真理子氏
左から橋本慎太郎氏、小原真史氏、朝吹真理子氏

後日談(宮岡秀行):

2というのは、社会性のような気がします。恋人たちは、だからそれだけで、社会たり得るように思います。一方国家は1を求めます。独占や統一が国家の夢であれば、結婚という社会的な制度や出産や育児をめぐる様々な保護機能も、1の思考です。マルクスが、人間は社会的な動物でしかないかのような発言をしていますが、ある時間にある場所に行き誰かに会うこと自体がすでに制度に囲まれたものだと思います。朝吹さんが、当日トークで、「いつか誰にも記憶に残らない小説を書きたい」といい、中平さんや岡部さんが子どものような眼差しで土に触っているように見えたとしても、それ自体は既に一度社会化された触り方だと、私は疑うのです。 

 

映画は不思議なもので、どこかプラトンの洞窟のような、そこを疑うことすら「亡くして」しまうような恍惚的な幸福感があります。受け身で生きていく人にとっては、ここは孤独の王でいられる定点、そして映画館は定点観測の場所でしょう。

映画館から出て、いま見た映画を、ああでもないこうでもないというのが、『映画千夜一夜』という本だったように、映画の醍醐味は、誰かと映画を見た後に、おしゃべりする2の思考であるように考えます。安藤尋にとっての佐々木敦さんが、私にとっては青山真治さんが10代のときのそのお相手であり、いまの自分たちの映画思考の土台は、すでにそのとき形成され、あとはそれを忘れていくプロセスかも…とは、安藤さんとアップリンクの外で立ち話したことでした。

 

実際、ゴダールやトリュフォーも2の思考が批評家時代以前にすでに出来ている気がします。

フランス社会が、日本よりも成熟しているとしたら、そういう映画館の外の時間が豊かだからではないか、と想像しながら、リュック・フェラーリのパーティーの場面など撮りながら、感じていました。あの場面も当然、2(カップル)が三組映っていますが、カップルで映画を見て、音楽を聴いて、「議論」する。日本が国際的な意味での社会性を欠いてしまうのは、どうもここにあるような気がしてしまい、同時に、その成熟拒否の態度が、マーケットで有効な点も、ここにある。阿倍和重さんがそのノンフィクションで詳細をリサーチした後期資本主義の諸相です。

 

誰かを誘って映画に行きなさい。とくに男性に限ったことではないかもしれないけど、TSUTAYAや飲み屋と本屋だけが人生になる後期男性社会は哀しいし、淋しいし、誰もが中平卓馬のようにはなれないわけだから。

 

 

2012年

8月

10日

三日目/ゴッサムシティより

                                           text 宮岡秀行

イベントが中日(なかび)を迎え、動員に繋がった。
でも繋がると同時に、映画が社会と繋がっていないことも実感した。
 
詩人で映画監督の福間健二さん、映画監督の舩橋淳さんとの対談を司会して、アメリカ映画についての話題になった。
公開中の『ヘルタースケルター』のような日本映画を見るよりは、『ダークナイトライジング』のような、必ずしも出来がいいとはいえないアメリカ映画を見ることの方を、僕は好むと言ったのが、きっかけだった。
福間さんが、主観ショットと客観ショットの区別が日本映画にはあり、それが自分にはよくわからないという齟齬も、私には、社会と映画とが主観と客観とで分離されてしてしまう「日本」のようにも感じられるし、舩橋さんの新作『フタバから遠く離れて』は、そこを問おうとしているような気がする。
その映画の主題歌を提供した坂本龍一さんは、舩橋さんも参加した脱原発集会で、「たかが電気のために何で命を危険にさらさなければいけないのでしょうか。お金より命、経済より生命」(http://youtu.be/EiKFO190IEw)と訴えた。電気と命、経済と生命、ここにも主観ショットと客観ショットの区別が見られるようだ。
 
この上映会の初日に、管啓次郎さんが、『わたしたちの間の徴』の岡部さんを見て、「世界中のあらゆる儀礼に見られる大地と人間との関係を感じた。しかも儀式の制度抜きに」とおっしゃったときに、世界と映画とが一瞬接続されたような気がしたのは、『ダークナイトライジング』のゴッサムシティが、どう見てもニューヨークに見えてしまう(ニューヨークにしか見えないというべきかもしれない)その接続感に近い。
映画を見ているとき、誰もがバットマンが存在するゴッサムシティの世界の住民になっているのに、ゴッサムシティを俯瞰するショットが出てきて、そこに通じる橋が音もなく崩れ落ちるとき、突然そこがニューヨークになり、ひとりの個となって現実が存在していることのインパクトに驚くという体験は、日本映画ではほとんど味わうことのない不気味さだ。映画としては前作のバットマンが遥かに出来はよいけれども、クリストファー・ノーラン監督には主観と客観の区別は前作以上に崩落している。
 
本上映会や、単館上映や映画祭に行っても、映画が社会から追放されたという感を拭えないのだとしたら、いま映画はどこに在るのかを知る必要があって、少なくともこのような特集上映の中にはゴッサムシティのような「社会」はないだろう。
 
今回特集した白井戦太郎の戦前の武士道映画『柘榴一角』は、戦意高揚目的というか、どこかで軍国主義を煽る細部に充ちながら、細部においては、「間の取り方と娘たちの健気さが印象的」との意見を、福間恵子さんからもらった。
そうした細部を見分ける目が一方でありながら、戦意高揚には、どこかでゴッサムシティ映画に似た魔力があり、芸術表現が最終的には右翼的な傾向を帯びることも認めたくなるのである。
日本の映画人では河瀬直美が、その最右翼だろうが、『火垂』の中で、田園が海にディゾルブするとき、日本島がすぐにでも水没するかのようなゴッサムシティの夢見心地が一瞬、日本映画でも実現したような錯覚がしたのは、細部の拡大解釈だろうか。
 
アップリンクを見渡すと、ひとりで映画を見に来た観客が目立つ。
ゴッサムシティのように、『ヒューゴ 不思議な発明』を見たあと、「あの駅はいまのオルセー美術館にあたる位置にある駅で、あの駅が美術館だと想像して見ると映画の印象が違ってくるよ」とMと話したことを思い出す。
映画は中年以上が二人で見に行くメディアであり、そんな会話を誘発することが、映画鑑賞以上に大事な、社会行為であることを、日本は身につけて来なかったのかもしれない。
 
(2012/8/06)

後日談:

先日、2011年3月12日に震度6強の大地震に襲われた長野県の栄村で、全壊判定を受けた古民家の土壁造りに参加しました。「土を塗りこめる作業は、祈りをこめることにむいている」と実感したところです。